漫画家のヤマシタトモコさんが好きで、新刊が発表されたらとりあえず全部買う、いわゆる作家買いをしています。ヤマシタさんはものすごく速筆でタイトル数が多いので「どこから手をつければ?」という人も多いと思います。
私の思う「こういう人にこそこの作品を読んでもらいたい!」という思いをまとめてみました。
夢を諦めた人へ『Love, Hate, Love』
バレリーナを辞めた女性と、その女性が働いているバーのお客さんである大学教授との恋愛作品。
タイトルにもあるように、いろんな好きや嫌いを裁きながら自分の夢、やりたいこと、憧れることと向き合っていく大人の話です。
主人公にとってバレエは「すごく好きだった、でもバレエは私のことを好きになってくれなかったので、嫌いになりたくないから辞めた」という立ち位置のものとして描かれていて、この一貫した真摯な距離感がすごく心地いいです。
家族や周りの人をうまく愛せない人へ『ひばりの朝』
大人しい女子の身の回りの生活に焦点を当て、日常の中でなるべく見ないようにしているけど「やっぱりなんか気持ち悪い、いやだ」を詰め込んだ作品。
ヤマシタさん作品の素敵なところは、正解を明確に書かないところだと思います。
この作品も顕著で「だからどうすればいい」という部分はあえて語らず、分かる人にだけ分かるように描いているので、とにかくじっくり読んでほしいです。
他のさわやかな作品や救いのある作品に比べると、ややほの暗い気持ちになるかもしれませんが、それも含めてめちゃくちゃ好きです。
ギャグでひたすら笑いたい人へ『ドントクライ、ガール』
女子高生と、裸族の男性との同居の話。
なかなかエロティックな話になりそうな題材ですが、本当に振り切れたギャグであらゆるエロティックフラグをぶっ飛ばしていくパワー系作品。
ヤマシタさん作品を『Love, Hate, Love』や『ひばりの朝』などしか読んだことがない状態で読むと、温度差で風邪を引く可能性があるので注意。
でも、すごく疲れているときとか体調が悪いときとか悩んでいるときとか、それらのような落ち着いた作風を読んだら心が持っていかれてしまいそうなとき、ラフに読んでエネルギー注入できます。
ヤマシタさんのキレッキレの言葉の鋭さを真正面から楽しんでください。
何気ない日常を見つめなおしたい人へ『恋の話がしたい』
臆病ものな主人公と、人懐こい年下との出会いと日常を描いたBL作品。
「神は細部に宿る」という有名な言葉がありますが、とにかく「なんでもない描写」が素晴らしく、ヤマシタさんの作品に共通した「本質を描きすぎない魅力」について噛み締めることができます。
年末年始をどう過ごすかとか、何気ないメールのやりとりとか、食事の描写とか。語られないことの多さ。
ヤマシタさんのBL作品は色々ありますが、これはいろんな短編が一冊になったものではなく、表題の2人についてとことん掘り下げられているのもうれしい。
今の生活を辞めたい・変えたい人へ『White Note Pad』
内気な女子高生と、工場勤務のおじさんの中身が入れ替わるお話。
いまやマンガ界の定番設定ともいえる入れ替わりモノでありながら、どこまでも地に足の着いたリアルな描写が続くのがさすがのヤマシタさん。
「自分の生活を脱ぎ捨てたい」、「こうでなければ人生イージーモードなのに」と、人を羨ましく思ったり自分を恨んだりした経験がある人に、寄り添いときどき突き放してくれる作品です。
ホラー好きな人へ『さんかく窓の外側は夜』
特殊清掃=幽霊を浄化させ、呪いを解くお仕事をしている2人を中心に展開されていくミステリアスなストーリー。
ヤマシタさん作品の中でも飛びぬけたホラー、グロテスク系の描写が楽しめます。
それから、直接的な描写こそないものの限りなく二アリーな描写が多く、どれについてヤマシタさん自身がはっきりと「これはBL作品です」と言っているところも魅力です。
ハラハラする話、ゾクゾクする話がお好きな人向け。
部活に打ち込む学生たちの青春が見たい人へ『BUTTER!!!』
社交ダンス部に入った音楽好きの女の子と、根暗な男の子がぶつかり合いながら部活に打ち込んでいくお話です。
周りの人たちは学生らしいトキメキ展開もあるのに、メインの二人は戦友!!という感じを貫いているのがすごく素敵です。
友達との関係、先輩後輩の関係などすごくリアルで純粋な輝きに溢れていて、読後はみずみずしいシャワーを浴びたような気持ちになります。
自分は大人ではないのではと思う人へ『違国日記』
ある程度年齢を重ねても「○歳になったけどこんな感じでいいのだろうか、子どもの頃○歳っていったらすごく大人に思えたのに……」と感じることがあると思います。
『違国日記』は、両親をなくした中学生と叔母が二人暮らしをはじめる話なのですが、この叔母がいい意味で大人になりすぎておらず、大人になるために多くの人が必至に飲み下す自分の考えや生き方を年齢に関係なく突き通していて励みになります。
中学生の姪についても「こうしたい」という気持ちがありながら、母親から色々なことを厳しく教えられていた影響で自分らしさを無意識のうちに飲み込んでいるきらいがあり、母親の呪いみたいな話が好きな人にもおすすめしたいです。
【関連記事】
【マンガレビュー】戸田誠二「音楽と漫画と人」という居心地の悪い作品
ついに完結した「青のフラッグ」最終回、これはジェンダーの話ではない
山口つばさ「ブルーピリオド」が最近読んだ漫画の中でナンバーワンだという話
トウテムポールさんの「東京心中」ネタバレありで矢野さんのやばさを語る
トウテムポールさん「或るアホウの一生」の騒動と出版業界の現状打破のためにできること
ふみふみこ『愛と呪い』の自己流あらすじからこの名作を布教したい