【マンガレビュー】戸田誠二「音楽と漫画と人」という居心地の悪い作品

さそうあきらさんとか、浅野いにおさんとか、音楽との距離が密接な漫画家さんは数多くいます。その中でも最近気になる存在が、戸田誠二さん。「音楽と漫画と人」という作品を読んでから、じわじわと思いを巡らせる機会が増えたため、自分なりの整理を兼ねてレビューします。

戸田誠二「音楽と漫画と人」というマンガ

Wikipediaを参考にしたのですが、戸田さんは決して「音楽マンガの人」ではないんですね。

あくまで「ショートショートの人」であって、マンガを通じて「生きる」を切り取っている人。だとすれば、戸田さんにとっての「生きる」と「音楽」の相性がものすごく良かったのだと思います。

「音楽と漫画と人」は、音楽雑誌「音楽と人」で6年にもわたって連載されていたショートショート作品。

「音楽と漫画と人」を読んでいると、いてもたってもいられない気持ちになり「何かしなければ」「こうしちゃいられない」という、なんとなく居心地が悪いような気持ちにさいなまされます。

思えば、自分が知識も技術もないなりに音楽を聴いたり、楽器を触ってみたりしていた頃、常にこうした居心地の悪さにつきまとわれていた気がします。それでも、そういう居心地の悪い気持ちがあったからこそ、毎日恥ずかしい思いをしながらどうにか成長していたのだと思います。

 

「音楽と漫画と人」に描かれていることの怖さ

「音楽と漫画と人」では、音楽を作っている人や音楽が好きな人が次々登場し、一編(2ページ)の中でその物語を終わらせます。そして、短いページの中で語られる物語や心情のリアリティがものすごい。

「この作品に限らず、自分の人生なしに作品は成立しない」

あとがきにあるように、一編一編の向こう側に「この人絶対実在してるでしょ!」と思わせるくらい、人の気配が感じられます。だからこそ、後半へ進むと、一度夢を追って東京へ出てきたバンドマンが地元に帰る話や、普通の生活をしている人が過去を懐かしむ話が増えていくことが、学生の無意味なモヤモヤに共感してしまう人間にとって、とても怖いです。

 

「音楽と漫画と人」の一番衝撃的だった話

忘れられない話のひとつとして脳裏に焼き付いているのが、音楽をやっている男性が、入院中の友人を見舞う話です。にこにこ笑っている穏やかな友人と「欲しいもの」の話をする男性。友人は、穏やかな顔でベッドに腰をかけたまま、自分が入れるくらいの大きなロッカーが欲しい、と言います。

その理由は「発作が来るたび痛みで暴れてしまうから、看護師さんや周りの人に迷惑をかけないために、そこに自分を入れてほしい」から。

その友人がどんな病気なのか、どうしてそうなったのか、男性がそれを聞いてどう思って結果どうして2人はどうなったのか、2ページの作品内で十分に語られることはありません。

それでも、男性が友人のその言葉を聞いて、自分自身について「何をやっているのだろう」と自問するシーンだけは、しっかりと描かれています。

男性は音楽に勤しむくらいの時間があって、金銭があって、しかも健康でもあるけれど、その幸福は男性にとっては日常でしかない。たぶん男性の欲しいものは、ギターとか、エフェクターとか、CDとか、レコードとかでしょう。ひょっとしたら欲しいものなんてすぐには思いつかないくらい満たされているのかもしれない。

 

日常の中で、何度も「音楽と漫画と人」についてじわじわと思いを巡らせています。「治る」とか「改善する」とか「幸せになる」という経験をした人が、それを思い出すために読んでほしい作品です。

 

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