ふみふみこ『愛と呪い』の自己流あらすじからこの名作を布教したい

2018年7月、オウム真理教元教祖、麻原彰晃元死刑囚の死刑が執行されました。臨時ニュースが飛び込み、テレビでもインターネット上でもその話題で持ちきりです。地下鉄サリン事件が起こったのは、1995年(平成7年)。当時、まだ幼かった私にとって、事件の印象は鮮烈でありながら「なにがどうして、どのようにして恐ろしい事件なのか」ということについては、非常に曖昧だったように思います。

あの頃、不況だねとか、恐ろしい事件だねとか、いやだねこわいねという言葉を祖母の口からよく聞いていましたが、私には何も分かっていませんでした。

そして、今回のニュースを聞いて一番に思い出したのが、ふみふみこさんのまんが『愛と呪い』でした。無知な自分を思い出して苦しくなるような、ふみふみこさん史上最高の名作です。

 

『愛と呪い』とは

『愛と呪い』は、ふみふみこさんによるまんが作品。

新潮社のWEBマガジンサイト・くらげバンチにて、2018年5月よりスタートし、2018年6月には単行本1巻も発売されました。

作者の自伝的作品=オートフィクションを基盤に、幼少期の記憶にはじまり、宗教系学園に通う学生時代、当時のニュースや世の中の動きなど、あらゆるエピソードを絡めながらストーリーが展開されていきます。

コミックスには、同世代であるふみふみこさんと浅野いにおさんの対談が掲載されています。彼らは「酒鬼薔薇世代」なのだそうです。

 

『愛と呪い』に描かれる90年代のニュース

『愛と呪い』には、時代を象徴するニュースがたびたび登場します。

幼くやんちゃな弟が「しょーこーしょーこー」と歌いながら家の中を駆け回り「そんな邪宗の歌あかん!」と怒られたり。酒鬼薔薇事件が発生して、学校の一大イベントである合唱祭が延期になってしまったり。

妙に閉塞的な空気の中で同時多発的に起こった事件について、巻末の対談で浅野いにおさんとふみふみこさんは「わかる」と語っていました。

思春期の絶望よりも、もう少し視野が広くなってからの絶望の方が深く、どうしようもなく、だから自分もその周りも、どうなってもいいと考えてしまうことが「わかる」と。そうなんですね。同じ時代を生きていた人は、皆多かれ少なかれ「わかる」のかな。

 

悲惨なニュースと残酷な中学生

あらすじの話に戻します。主人公が通う学校は「猪木先生」の教えに従う信者が集い、毎日お祈りをして、猪木先生のありがたいお言葉を反芻する学校です。

誰もが猪木先生を慕い崇拝する中に、異端児のクラスメイトの女の子「松本さん」が登場します。

松本さんは、お祈りをしろ、猪木先生を慕え、という空気の中にいながら「自分では何もせずお祈りだけして救ってもらおうなんて」というスタンスを崩しません。

挙句の果ては、熱心なクラスメイトに対し「これじゃ結局オウムと同じですね」とさえ言い募ります。

この松本さんというキャラクター、絶対に実在するでしょ、と言いたくなるくらいにリアリティの塊。些細なエピソードや言葉遣いからも、ぶれないキャラクター性が見え隠れします。

そして『愛と呪い』1巻における「えっ!?」「はぁ~!?」「うわあ~!!」「なにそれ~!!?」という、読者の感情の起伏をすべてさらっていく重要な存在です。

好き、というのとはまた違うのかもしれないけれど、この気持ちをどうしたらいいのかよく分からないので、私は「松本さんが好き!」と積極的に言っていきたいです。本当に素晴らしいキャラクターです。

 

主人公が父から受ける苦痛

ところでこの物語は、小学生の主人公が父と一緒に布団に入っている朝のシーンからはじまります。指をなめる父、主人公の顔が曇る、ちょうどそのタイミングで「いつまで寝てんの!」と叱りにくる母。

次のページでは、幼い主人公が洋式トイレに座り、ウォシュレットを使いながら「ぬめぬめする」と違和感に顔をゆがめます。

これが、『愛と呪い』の核となるもう一つの問題です。

幼少期から虐待を受けている主人公と、拒否しても何かと理由をつけて接触してくる父、さらに行為の現場を目撃しながら「お父さんその辺にしとき~」と笑って見ている母、このバランスが本当に不穏です。

ふみふみこさんの、まろやかで優しいタッチで描かれる不穏なシーンは本当に不穏極まりなく、読む人が読んだらきっと噛み切れないと思います。

 

学校での窮屈な人間関係

ここまで、絶望するようなエピソードの応酬が続く『愛と呪い』ですが、極めつけは学校の人間関係です。

主人公は、クラスメイトの女子に「誰が好き?」と持ちかけられ、恐らくそこまで好きでもない男の子のことを「好きなキャラ」としてクラス内で立ち位置を確立させます。

そして「みんなで告白しようよ!」という女子の流れに同意して、ラブレターを書き、渡し、しかし友達の前でこっぴどく振られ、挙句女子からはラブレターの内容について「そこまで書けとは言ってない」「私たちまで変って思われる」と責任転嫁されます。

家庭は崩壊して、社会は不穏で、お祈りは通じないし、誰も助けてくれないし、だめ押しの好きでもない好きな人と友達からの拒絶。もうしんどい。めちゃくちゃしんどいエピソードの畳みかけです。

また、家庭や社会の「異常さ」に比べ、学校の人間関係は身に覚えがある程度の不条理なのが、本当につらいです。確かに、思春期の人間関係は、そういう脆さと隣り合わせていたような気がします。

 

『愛と呪い』は「確かにそうだった」「こういうことを、自分も感じていた」という、忘れかけていたことを思い出させてくれます。

そして『愛と呪い』の帯には「すべての読者に捧ぐ救済の物語」と書かれています。

90年代の「呪い」から、もう解き放たれてもいい頃なのかもしれません。

【追記】

最終巻3巻の発売にあたってもうひとつ記事を書きました → ふみふみこ「愛と呪い」最終巻3巻を読んで精神がガバガバになった

 

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