よしながふみ「愛すべき娘たち」ネタバレ感想と母娘関係の怖さ

きのう何食べた?」でも話題のよしながふみ先生。現代を舞台にした作品から「大奥」や「ジェラールとジャック」のように時代背景ありきの作品まで名作ばかりなのですが、今回は「愛すべき娘たち」という作品について。私にとって、飲み込むのがしんどいという意味で、他の作品と一線を画した作品でした。

よしながふみ「愛すべき娘たち」とは

「愛すべき娘たち」は、5人の視点から描かれるオムニバス作品。それぞれの作品で基盤となるのは、タイトルの通り親子関係です。

と言っても「この家庭はこんな家族構成で、こういう幼少期を過ごし……」と明確に語られるわけではありません。しかしキャラクターの些細な言動に、「家族」の存在がちらちら見えてくるというまさに「行間!!」という描き方がされています。人格形成で家族が与える影響とは「呪い」と言われるくらいに怖いものですが、キャラクターを持って客観視すると、いい話と思うよりもただただ怖くなります。

 

「愛すべき娘たち」の一番好きなお話

いわゆる結婚適齢期の未婚の女性にまつわるお話が、とにかく怖くてすごく好きです。以下、ネタバレ注意。

主人公である未婚女性は外見も内面も美しく、困っている人や病んでいる人に身を挺して接します。それで愚痴を言ったり人を憎んだりすることもなく、絵に描いたような「慈愛」の人なのです。実の母が「あたしには過ぎた子供なのね」と語るほど。

しかし、異性からアプローチされても恋人を作ったり、結婚をしたりすることはありません。周りからすすめられるままお見合いを繰り返すも、毎回断ってばかり。しかし一度だけ、心から惹かれる男性に出会い、このまま結婚か……と思わせるような描写ののち、数日後の様子が描かれます。

それは「彼女が修道院に入ったらしい」というニュースに驚く友人の姿。なんで?結婚したいんじゃなかったの??と混乱する友人たちですが、彼女は小さい頃の教えに正直なだけでした。その教えは「人を分け隔ててはいけない」ということ。

この教えがあったからこそ、常に聖母のような振る舞いで、できすぎた人として生きてきた彼女ですが、彼女にとって誰か一人を特別に愛することは「人を区別すること、分け隔てること」にすぎなかったため、極端にも思える結論に達したのです。

 

「教育」という名前の「呪い」

この作品の怖さって何だろうと考えてみたのですが、やっぱり行き着くところは「呪いの怖さ」。一見呪いには見えない呪いだから深く染み込みすぎてしまう。まさに愛と呪い

つまるところ、子どもに教えることは、どんなに些細なことでも、そんなつもりで言ったわけじゃないと言い訳したくなるようなことでも、ごく素直に子どもに染みこんで子どもの生活を縛りつけるというほとんど呪いのような悪夢を、美しい上澄みだけをさらって美しく描いていることなのではないかなと。それは決して悪いことではなく、よしなが先生からの警鐘を「美しい作品」と昇華してしまう、誰かの親や子どもたちは危険だなということ。

「うちはご飯のとき必ず牛乳を飲むんだ」とか

「お風呂の栓は最後の人が外してよ」とか

「普通このくらいのことしてくれてもいいじゃん」とか

「うちのお母さんはすごく優しくて私は幸せもの」とか

「そんなお母さんのためにいい大学に入らなきゃいい会社に勤めなきゃ」とか

もう全部呪い。全部全部手汗と手垢を身体中にたっぷりこすりつけられてその姿で生きていくことと同じなのに、昇華の仕方によって美談にもなり、またよしなが先生の描き方が本当に美しくて苦しくなります。

 

母と娘の関係が知らずにこじれていく理由

信田さよ子さんの「母が重くてたまらない――墓守娘の嘆き」では、素敵な母と娘という関係の中で娘は「欠如を奪われる」と指摘しています。

母がなんでもやってくれることで、娘は欠如を奪われ枯渇した状態になるんだけれども、一見すると母は奪うどころか与えてくれる存在のため枯渇の原因にたどり着くことができません。はたから見ればあからさまな原因なんだけれども、仮に指摘されたとて「どうして?お母さんはすごく優しくて私にとってなくてはならない存在」という、心の底から純度の高い感謝を抱いてしまっているから現状を打破できなくなっていく。

その結果、訳の分からない鬱も生きづらさも「自分が悪い」というように受け取ることしかできず、だめな娘としっかり者の母は共依存関係に陥っていく……というシステムなのだそうです。そう言えば、近藤史恵さんの小説「シフォン・リボン・シフォン」を読んだときも、こういう具合の悪さに侵されたなあと思い出しました。

よしながふみさんの「愛すべき娘たち」で、一番好きなプロローグがこれです。

母というものは要するに一人の不完全な女の事なんだ

はじめて読んでからもう何年も経ちましたが、最近になって読み返すとああそういう意味か、と分かるようなセリフやモノローグがたくさん仕込まれている作品です。あらゆる親子の関係が、もっと健やかになりますように。

 

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