読書メモ。

近藤史恵さん『シフォン・リボン・シフォン』です。

ふみふみこさん『愛と呪い』に続き、最近読んだ中でもわりとしんどい作品でした。

毎度ことながら、がっつりネタバレしながら感想を記していきます。未読の方はご注意ください。

 

『シフォン・リボン・シフォン』のあらすじ

近藤史恵さん『シフォン・リボン・シフォン』は、地方都市のさびれた商店街にランジェリーショップ「シフォン・リボン・シフォン」を開いた店主やお客さんをめぐる作品です。

こうやって説明すると、ゆるふわかわいい系作品のようにも思えるかもしれませんが、まったく違います。

この小説を構成する重要なキーワードは以下の通り。

  • 親子関係
  • 介護
  • 病気

主題はリボンもシフォンも存在しない、本当に生々しいものです。

 

母と娘の関係性について

ちょっと話は逸れるんですが、私は「母娘関係」というテーマについて、死ぬまで思いめぐらせ続けるのだろうと考えています。

 

 

斎藤環さんにはまっていた学生時代、斎藤さんが田房永子さん、角田光代さん、萩尾望都さん、信田さよ子さん、水無田気流さんという豪華なメンツとの対談集を出版。発売日を楽しみにしながら意気揚々とゲットしました。

それが『母と娘はなぜこじれるのか』という一冊でした。

本当に恥ずかしいんですが、私はこの本を読むまで自分と母親の関係が「こじれているかもしれない」と思ったことなど、一度もありませんでした。ただの一度も。

わくわくしながら読むことができたのはタイトルにピンと来ていなかったからであり、読んだあとにオーバーキル気味に衝撃を負ったのは、本当に、まさかこじれているだなんて、夢にも思わなかったからです。

 

なぜそんな話をするかと言えば『シフォン・リボン・シフォン』の感想として「そんな親なら捨ててしまえ!」という旨のコメントを目にしたからです。

無理だよ。

むしろ『シフォン・リボン・シフォン』の登場人物は、自分と親を切り離した他人として考えている分だけ、理性的で思慮深い人なのだなあと感心しました。

 

毒親と子どもの「針」は抜くべきか

『シフォン・リボン・シフォン』の作中では、さまざまなキャラクターがそれぞれの親子関係について思いを巡らすのですが、視点主となるキャラクターからお店のお客さんまで、どのキャラクターも皆「ありそう」なレベルの苦しみを抱えていることが印象的でした。

激しいDVで警察沙汰になっているとかそういうことではなくて、だからこそえぐられてしまう。

『HUNTER×HUNTER』に、キルアが兄に概念を針というかたちで物理的に植え付けられていたことに気づくシーンがありました。

キルアは泣きながらその針をひっこぬいて、生まれてはじめて覚醒するわけですが、これはきっとすべての人がどこかしらでやらなければならない作業なのだと思う。

そして『シフォン・リボン・シフォン』のキャラクターは、針の存在に気づいているのに、あえて抜かないという選択肢を選ぶ。自然なようで、むちゃくちゃ怖い選択です。

 

戦争小説でも思想小説でもオカルトでもサスペンスでも比較的つるつる読めるのですが、今作に関しては途中、あまりにしんどくてページをめくる手が重くなりました。

江国香織さんあたりの作家さんにも思うのですが、整ったうつくしい文章でコーティングしながら、つらいとかこわいをざくざく書いていくような作家さんは、読んでいて本当に苦しくなりますね。好きです。