ついに完結した「青のフラッグ」最終回、これはジェンダーの話ではない

なにか展開があるたびにSNSで話題となり、多くの議論が交わされてきた漫画「青のフラッグ」。このたび、最終回を迎えました。これがもう、いても立ってもいられなかったので感想レビューです。

ネタバレについてはなるべくしたくないのですが、とは言え避けずに語れないことが多すぎるので既読の方向けの内容です。未読の方はなんのこっちゃわからんと思うので、ぜひ、ぜひ先に読んでください。なんの前情報もないほうが読み応えがあるはずなので。

青のフラッグとは

青のフラッグは、とある高校、とあるクラスを舞台にした青春マンガ。偶然同じクラスになってしまった三人による三角関係が主軸に描かれます。それだけ聞くととてもシンプルなお話のようで、実際物事はシンプルに進んでいくところもあるのですが、「王道青春マンガ」と言うにはかなり挑戦的な部分もある作品です。

ウェブコミック配信サイト『少年ジャンプ+』で配信され、新作が公開されるたびにSNSで話題となり、割り切れない気持ちを抱いた人も多いのではないでしょうか。

 

私がとても信頼していたのは、とにかくキャラクターがみんな誠実でかわいいところ。自分の言葉で、それぞれの思いをきちんと語ろうとする姿勢が、ひたすらまぶしくて終始くらっていました。ともすれば、現役高校生より上世代の方が刺さるのでは……。

 

最終回前から最終回にかけて、鳥肌が立った

1巻のラストのお話が公開されたときにもSNSで大きな反響を呼び、その後もとにかく話題に事欠かない青のフラッグですが、なんといっても最新刊であり最終巻である8巻の内容はもうえらいこっちゃえらいこっちゃでありました。

最終回の前から最終回にかけてのお話はとくにトリック的な、ギミック的なそんなものがものっすごく上手く取り入れられていて、その結果ラストで「デエエエー!!!?」と声をあげることになるのですが、ほんっとに……こういう感動は「マンガというものを読んでよかった」みたいな気持ちをかきたててくれますね……。

 

この結末については、何かしら思うことがある、という人もいると思うのですが、私はものすごくすっきりとしたラストでした。それは、太一が自分で考えてたどり着いた結論だと十分に伝わってくるから。

「自分で考えて自分の信じる道を行くこと」、「その結論が周りに与える影響というのは、受け取った相手の問題でありあなたが抱える必要はない」。この二つは作中で繰り返し語られる信念なのですが、それをキャラクターが貫いたのだ、と分かるラストでした。

コミックス版のカバー裏、本当に好きだ~~~~読んでから秒速で五巻を読み直しました。泣いてしまうね。

 

 

マミちゃんという女の子について

魅力的なキャラクターが多い中、本当に惹かれてしまったマミちゃんというキャラクター。

青のフラッグはいい意味で「王道青春モノ」のていをなしている(体育祭や文化祭でひともんちゃくあったり、海へいったり)ので、その「王道青春モノ」の文脈で言うとマミちゃんは完全に「当て馬」ポジションなんですね。初登場時からあからさまにトーマに色目使ってやがる!!!!というテンションで、「あ~んトーマぁ~♡」みたいなべったりキャラ。そのため読者はつい「な、なんだこのなれなれしい女は……でもトーマはきっと硬派で誠実だからこの女にはなびかないはずだ……」という「わたしだけのトーマ像」を用いて、当て馬展開になるであろうことを想像してしまうのではないでしょうか。

 

こういう読者の想像がいい意味で裏切られる、という仕組みこそがこの作品の面白さであり作品を通じて語ろうとしていることであるわけです。

 

マミちゃんについての「こういうキャラだろう」という読者の想像、そのものがキャラクター「マミ」の悩みの種と直結しているというメタ的構造によって、マミちゃんの思いが真摯に伝わってきます。泣きたくもないのに涙が勝手に出てくることにぶちぎれるあたり、彼女のかわいさがつまっていると思う。

 

そして、そんなマミちゃんの魅力がもっとも感じられるシーンは「二葉と向き合っているとき」だと思います。

二葉がマミちゃんに嫉妬していたことを打ち明けるとき、マミちゃんはそれについて弁明したり謝ったり怒ったりしません。ただ、二葉の顔をのぞきこんで「それってつらくない?」と問いかけます。一ノ瀬と付き合ってるあいだ、周りにいる女子に対してずっとその調子なの?それがダメってことじゃなくて単純にしんどくない?と。誤解されがちではあるけれど彼女は本当に純粋で優しい子で、根っこには人を好きになる気持ちを尊重したいという思いがあるのだとびしばし伝わってきます。

 

一方で「好き」の気持ちを大切にしながらも「○○を好きな自分」というアイデンティティは手放しているというところが、彼女の魅力だと思います。マミちゃんの場合「トーマが好き」という気持ちは真実だし大切なものだけど、同等に好きなもの、大切なものがたくさんあって、もちろん友人もそのうちの一つだし、メイクとか、食べることもそうかもしれないし、そのうちの何か一つに溺れて自分を見失っているということはなく、バランス感覚の優れた子だなあとほとんど感心します。

とりわけトーマにメンズメイクをしているときの表情は本当に打ち抜かれました。「トーマのことが好きな自分」ではなく「メイクアップアーティストとしての自分」のほうがより前に出てきているのが最高に格好いい。恋をするあたしなんてどこにも存在せず、ただ一アーティストとして顧客をメイクで変えたい、という気持ちで向き合っているのが、公私混同とかけ離れていて本当に愛おしい。

 

あとますみちゃんとのキャットファイトも大好きだよ~。二人とも感情まるだしで泣きながら殴りあう姿、青春度合い振り切れてて胸がぎゅっとします……。

こうした、マミちゃんの「ヒロインではない」かわいさが、私の求めていたキャラクター像でありこういうキャラクターに真っ向に真理をついてほしかった~!!という気持ちを満たしてくれました。

 

 

このストーリーは真澄ちゃんなしに語れない

さてこうやってマミちゃん好きだ~~~と思いながら終始読んでいたんですけれども、前述の通りマミちゃんの魅力が引き立つ影には真澄ちゃんというキャラクターの存在も無視できません。

二葉ちゃんのお友達として序盤から登場し、随所でビシッと切り込むようなまっすぐな意見を投げかけてくるこの真澄ちゃんというキャラクター、ほんっとに健気で愛おしくて最高です。二葉ちゃん関連のことで声をあげて怒ったり泣いたり感情を爆発させがちな彼女ですが、二葉ちゃん本人にその感情が向けられることは最後までほとんどなく、そこがまた彼女のいじらしさであり……。

二葉ちゃんを介してマミちゃんと向き合ったとき、マミちゃんが「女だからこう」という目で見られるのがイヤまじムカつくあたしはなんもしてねーのに、とげきおこしているのに対し真澄ちゃんが投げかけるのが「それが知恵だから仕方ない」なの、さいっっっっこうにクールでめちゃくちゃ好き。

経験則から「この人はこういう見た目だからこういうことをするかもしれない」と想像して危険回避するのは知恵だから、それを否定することはできない。そうした粗雑な判断を嫌がるならば、そう見られないように振る舞うという知恵もある、というのが真澄ちゃんの考え方。ちなみに知恵をもってして危険を回避する、というのはトーマのお兄さんも同じようですね。

 

そうした考えを持つ真澄ちゃんもやはり悩みの渦中におり、物語のわりと終盤で出てくる真澄ちゃんがトーマの兄嫁と語り合うシーンでは、根本をさらすことなく真澄ちゃんが常に巡らせている思考の根本を貫き、前述の「選択に相手がどんな評価を下すかは相手が抱える問題」「自分の信じる最善の道を選ぶことしか私達にはできない」というこの作品に敷き詰められた真理が表面化します。

真澄ちゃんはどちらかというと理屈っぽい、論理型思考の人だと思うのですが、最後に行き着く場所が「すべての事象が割り切れるわけではない」「割り切れないもの、として割り切る必要がある」というある種あきらめのようなものであることもまた愛しい。

 

そしてこれはもう、最終回のど真ん中の話なのでどうしてもネタバレになってしまうのですが、彼女の生き方を語る上で最後に選ぶ人の話はほんっとうに……。真澄ちゃんが色んな経験をして色んなことを考えた上であの人を夫として選んだのだな、というのが伝わってきて二人の何気ないやりとりも愛に溢れていて、あのシーンが最終回で描かれていて本当に本当によかった、と何度も泣きそうになります。

 

 

青のフラッグはジェンダーの話ではない

青のフラッグに対して「ジェンダー」とか「LGBT」的な触れ込みを少なからず目にすることもあり、もちろん間違っていないと思うのですが、なんとなく「言い得てなさ」も感じていました。間違っていないけれど最善の表現でないのでは……と。

最後まで読んで思ったのは、青のフラッグは「個人尊重」の話である、ということです。

よくある「女ってこうだよな」「男ってこうだよね」「女ら女らしくしないと」「男のくせにこうなのって変」みたいな、ありとあらゆるカテゴライズに誰もが窮屈さを感じているという前提のもと、きちんと話し合ってそれぞれの生き方を尊重しましょうよ、という。

青のフラッグはケンスケとかヨーキーとかシンゴとか祥子とかサヤとかそうしたキャラクターも含めて、全員が自分の言葉でちゃんと喋っていてそれぞれの理屈があり、それは男女というフィールドはもちろん「学生だから」とか「受験生だから」とか「○○部だから」とか「恋人だから」とか「○○家の長男だから」とか、あらゆるカテゴライズをぶっぱなす力を持っているので頼もしい気持ちになります。

 

□恋人と友人を比べたとき、共感できないことを主張する恋人よりも友人の意見に同意する
□友人のことが好きだからこそ友人の嗜好が許せない
□ルールから逸れた人を注意はするが否定ではない
□誰かの選択で起きた不具合を他人が誤る必要はない

 

中には極端な考え方もあるかもしれないけれど、どれも間違いではないのだという究極の個人尊重。それゆえ一人ひとりが不器用ながらそれぞれの信念に従って生き、そしてまたぶつかって、互いを赦し尊重する、理想の人間関係。

1巻から最終巻の8巻まで、どの巻ももれなく泣いてしまうのですが、なにか立ち止まらざるを得なくなったとき指標を探すように開きたくなる作品です。名作。

 

 

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