あるとき、遠方に住んでいる友人から「読んで欲しい」というメッセージとともに一冊の本を受け取りました。それは中村キヨさんの「お母さん二人いてもいいかな!?」。友人もきっと「お前この本好きかも~」くらいの気軽さだったと思うのですが、まさかこの作品の存在が自分の中でこんなに大きくなるとは……。

中村キヨさんの作品を知らなかった

さてところで、中村キヨさんについて。友人が中村珍さんの漫画が好きなことは知っていたのですが、恥ずかしながら、中村キヨさん名義を知らず、拝受したときには正直ピンときていませんでした。「羣青 上 (IKKI COMIX)」表紙の、厚塗りのリアルな絵と「お母さん~……」のキャッチーな表紙のイメージが結びつかなかったのもあり。

芥川賞作家の李琴峰さんも注目の中村珍さん。Netflix映画「彼女」にもなり、水原希子さんの衝撃ヌードも話題になりました。

そんな中で読みはじめた「お母さん~……」、はじめは情報量と、それらが渦巻いているゆえの圧にへっぴり腰になったのですが、何度もくりかえし読んでいくうちに血肉にしみこんでいくのがわかり、気がついたら「ママ母手帳」、「レズと7人の彼女たち」も購入していました。

3冊とも、いわゆるエッセイコミックの部類。「特定を避けるため一部エピソードや固有名詞はぼやかしてあります」というような記載はありますが、とは言えどの作品もすぐそこに人肌を感じるような、創作と一蹴しては決して許されないのではないかと思わされる熱量を感じます。

 

「お母さん二人いてもいいかな!?」が染みる

「お母さん~……」は、中村さんが配偶者のサツキさんと、お母さん二人で三人の息子を育てていくお話。二人の出会い、過去、なぜお子さんがいるのか、どのように向き合って二人の関係を子どもがどのようにとらえているのか、多角的に描かれます。

くりかえし語られているのは「親が、性別に制限されて与えられないもの」について。つまり「父親がいないこと」「父親がいないからできないこと」「父親がいないからできないことを強いられた子どもたち」にまつわる両親の考え方や、子どもとの向き合い方が描かれます。

 

ちょっと違う話ですが、近年では人気YouTuberの はぴLIFEチャンネルが同性での結婚・パートナーシップ誓約を公表し、その上で「将来的には子どもが欲しい」と語りながら、一方で日本における同性カップルの妊娠・出産の難しさを赤裸々に語っていました。動画というキャッチーで多くの人に届きやすいメディアを通じ、ようやく多くの人が「同性で結婚して子どもを作ることってそんなに難しいんだ」と知ったのだと思います。「お母さん~……」は、そうした問題を渦中にいる人の目線から、さらにシビアに、現実的にひも解いていきます。

 

「お母さん二人いてもいいかな!?」を読んだら「ママ母手帳」も読むべき

さて、先ほど引用したツイートで李琴峰さんが「感想を言語化しづらい」旨を明記していましたが、正直「お母さん~……」も「羣青」とは別ベクトルに、言語化しづらい内容だと思います。そんなとき、同時に参照してほしいのが「ママ母手帳 「お母さん二人いてもいいかな!?」の、これまで。」。

「ママ母手帳」では、「お母さん〜……」の出来事があった頃を話の中心に、上中下巻の3巻分でさらに色濃く、さらにキャラクター個人の感情にフォーカスしながら描いています。非常に繊細な人物像にも奔放な自由人にも見えるサツキさんの葛藤や、中村さんのより素直でむき出しな感情が描かれます。

特にオムライスの一件は何度読み返してもいまだに新鮮に泣いてしまう。構成がにくい。きしえさんとの時間、きしえさんを失ってからの時間、罪なき子どもと過ごす時間、人生を構成するすべての時間が折り混ぜられた中のオムライス、それこそ中村さんが写真を撮る理由として語っていた、集合写真ではない、いずれ忘れられていく他愛のない時間としてのオムライス、が、あんまり愛おしくて、そんでオムライスを慈しむサツキさんもろともかわいくて仕方なくなってしまう。

 

レズと子育ての成功と失敗

大きくなったモトナリくんが、自分の頭でよく考え、多方へ向けて十分に配慮できる非常に賢く優しい男の子になっているのも「お母さん~……」→「ママ母手帳」の順番で読んだときにぐっとくるポイント。二人のお母さんが、何度も言葉を費やしてモトナリくんと正面から向き合ってきたからこそ、と想像できるので、余計に響きます。

大人だって、自分の言葉や考えのどこからどこまでが真に自分の持ち物なのか把握するのは難しい。むしろ大半が、私も、できない。

自分の理解できない文化や価値観を前にして、つい「おかしいでしょ」とか「普通こうでしょ」とか言いたくなるんだけど、紐解いてみれば「普通」も「おかしさ」も自分自身では判断しておらず、「社会が普通だと言うから」、「周囲がおかしいと言うから」と外に判断基準を設けているだけで、なにひとつ自分で考えていなかったりもする。それでいて、そういうことをあんまり無自覚にやってしまうもんだから、自分の言葉や考えが自分の持ち物でないことにさえ気づいていない。馬鹿らしいけど、なにか偉そうに語るたび、何度もそういった反省をしてまたくりかえし。

モトナリくんの姿勢は(描き手である中村さんのバイアスが多かれ少なかれ含まれているのは大前提として)、常によく考えて、きちんと責任を持ってこねくり回している人の姿勢だなあと思う。尊敬する。二人のお母さんがとことん真摯に向き合った結果、たまもの、だろうと思うので、二人の弟たちについても一読者として成長が楽しみ。もちろんそれぞれに性格の違いがあり、同じペースで水を与えても伸び方は異なるはずなのだけれど、なんというか「子育てはお父さんがいなきゃだめ」とか「女親ではとれない責任がある」とか、そんなんまったく嘘だなあと清々しく信じられる。そういう「楽しみ」。

さて、最後に関連作品として「レズと7人の彼女たち」のお話を。こちらの作品では、「お母さん〜……」にもちらっと登場するますみちゃんを中心とした、中村さんの7人の彼女たち(!)のお話が描かれています。こちらは子育てとはまた別の世界が描かれるのですが、根底の血潮は同じように感じます。目の前の人とどう向き合うか。ときに社会から求められる「普通」と折り合いをつけながら、どうやり過ごしていくか。まあ確かに私も初対面の人に「7人の彼女がいる」と言われたら「????」と普通じゃねえな顔をしてしまうと思うし、そういった部分ではきちんと中村さんが悪者として描かれつつ、個人の考えや苦悩を決してないがしろにしない、個人を尊重した作品という点では変わりません。

個人を尊重すること、他者と思慮深く向き合うこと、言葉にすればどシンプルなのに、どうしてこんなに難しいんだろうね。一生考えたいよね。

 

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