金原ひとみ「クラウドガール」ネタバレあり感想レビュー

今回は金原ひとみさん「クラウドガール」の感想。以前「軽薄」についても書きましたが、今回も色々と思うところがありました。

「クラウドガール」の内容と結末について

金原ひとみさんの「クラウドガール」は、理有と杏という若い二人の姉妹が交互に日常を語っていく小説。

同じ家に住み、同じ父と母のもとで生まれたはずの二人でありながら、片方は品行方正片方は奔放とまるで違う生き方をしていきます。その中で、母の死とその隠蔽などが語られて物語はスピード感を増していきます。

 

そしてクライマックスを迎えると、一気にミステリー的な要素が爆発。母だけでなく父も死んでいたとは?というところから、「クラウドガール」の意味合いについても語られます。おおむね想像していたものの、より実直な文章で書き連ねられ物語はラストへ。

金原さんの作品は往々にしてループものの気配がするというか、最後になんでもない日常が語られて明るくも暗くもない未来を主人公が見据える、という結びが多く、この描写をもって何か相当に言いたいことがあるのではないかと勘ぐってしまいます。「AMEBIC」のぶつ切りの終わり方が今でも大好きです。

 

これまでの作品よりもアップデートされた若者の姿

今作、もともとは朝日新聞に連載されていた作品でしたが、朝日新聞の主な読者層とは相容れないだろうという描写をわざとか?と言うくらバッキバキに散りばめていているところがにこにこしてしまいます。

10年以上前の作品を何度も何度も引き合いに出すのは申し訳ないと思いつつ、やはり金原ひとみさんを語る上では「蛇にピアス」での鮮烈デビュー、そのまま芥川賞受賞という文脈を無視できません。「蛇にピアス」では、若者文化をこれでもかというくらいピックアップし、平成版青春文学を完成させた金原さんですが、それでいうと「クラウドガール」は平成後期の青春という感じ。スナチャで姉にパフェを送るとか、新宿駅東口でEDMのダンス練習をするとか、令和に向かってダッシュしながら「学のねえ若い連中は訳の分からないことばっかり書きやがって!」と言いだす大人をぶん殴ってくれます。

 

「母子文学作家」としての金原ひとみ

金原ひとみさんの一読者として、ずっと期待していることに「娘の不自由」を描いてほしいというものがありました。

実際、「オートフィクション」あたりでそうそうこういうこと~~ありがとやで~~~と満足していたのですが、「マザーズ」のような「母目線」の作品を経た今作はこれまでとまるで違う視点が入りながらの原点回帰という印象でした。改めて「娘目線」の作品を書くにあたって、相当なアンテナを張っていたのではないかなというのも伝わってきます。

 

ちょっと話が逸れるんですが、これまでにも金原ひとみさんの作品に登場する「父」さらに「男性」は、いつもどこか柔和で知性を感じさせていました。愚かな読者はすぐ瑞人さんの気配を感じ取ってしまうのですが、今作に登場する美容師・広岡さんにさえその気配を感じたときには身震いしてしまった。

広岡さんは、キャラクター的にはがさつというか男!という印象で、実際作中にも「美容師らしからぬ」という表現が出てくるくらいです。それでもなんとなく香り立つ「誰かにとっての理想の男性像」感。案の定、理有が広岡さんに父性を求めている描写、さらに杏が広岡さんと不倫をするシーンが登場したときには「やっぱりかよ!!」と天を仰いでしまいました。父性=憧れ=性の対象っていう方程式、本当にぞわぞわしちゃうな。つい読んじゃうよな。

 

閑話休題。

金原ひとみさんの作品には常に「父」がおるなあ~と思いながら読んでいる読者なんですけども、その一方で怖いくらいに「母」が出てきません。第三者としての「母」。

いや、まったく登場しないわけではありません。「オートフィクション」には、厳格な父と対称な存在としての母が登場し、父があんな奴家に入れるな~!とブチギレ丸なときに、かわいそうだから~と味方になってくれます。でもなんだろうハリボテ感というか、大衆に迎合されるための母というか、ストーリー上必要キャラクターとしての母というか。父性を備えた存在が、彼氏とか旦那とか友達とか不倫相手に形を変えながら何度も何度も登場しているのに対し、母の物音はまるでしてこないなという不自然さを感じていました。

 

「クラウドガール」の主体は「母」です。娘の生活、姉の恋愛、妹の貞操、淡い恋愛のときめき、浮気・不倫の心の揺れ、祖父と祖母の優しさと裏切り、ストーリー上色んな出来事は起こるもののどれも本質的には書かれておらず、すべては姉妹が固執し続けている「母」の話。この気味の悪さ、自分の思う「母子像」そのものでした。

以前にも似たようなことを書いたけれど、母の生死や現在の暮らし、ましてや自分に子どもがいるかどうか、どの国に住んでどんな職業に就き誰と一緒に住んでいて……ということは一切関係なく、娘として生まれた以上死ぬまで「娘」にしかなれないまま終わっていくことはめずらしくないのだと思います。それがとてつもなく怖い。

「クラウドガール」の二人はまさにその渦中にいて、母の自殺をこの目で見てから数年、それぞれに違う道を歩み性格も暮らしも考え方も真反対であるはずなのに、二人とも母の成分で構成された母の分身のようになっているのがあまりに怖すぎる。それなのに自分のイメージする母子像との隔たりはなく、読みながら変に諦めてしまいました。そうだよねこんなもんだよね、我々はどんな生き方をして誰を好きになっても最初から最後まで母しか見ていないんだよね。

ああやだな。怖いな。そりゃ助けてくれそうな父を探しはじめるわな。なんの解決にもならないのに。

 

【関連記事】

近藤史恵『シフォン・リボン・シフォン』の母子関係に泣いてしまった

よしながふみ「愛すべき娘たち」ネタバレ感想と母娘関係の怖さ

ネタバレ有:金原ひとみ『軽薄』のあらすじに思い出す『オートフィクション』

【ネタバレあり】島田雅彦「君が異端だった頃」の感想レビュー