山口つばささんの「ブルーピリオド」という作品、本当に本当にやばすぎる。どうやばいかを語らせてくれ。

絵を描くことのしんどさを言語化されてしまった衝撃

ブルーピリオドの世界観と並列するのもおこがましくて本当に嫌なのですが、とは言え前提として無視もできないので恐縮ながら自分のことを。2018年に「絵描きド初心者が毎日描いたら上手くなれるのか実験」という企画をスタートして、本当になんっにもできないところから「とりあえず毎日30分お絵かきしてみよう」というチャレンジをしています。今もずるずる続けていて、人に見せるでもなく、批評してもらうでもなく、かと言って客観的になれるでもなく、ただタスクのように続けています。

なにか変わったのかと言えばそうも思えるし、そうでもない気もするし、変化を求めるには時期尚早でもある気もしつつ、ただぼやぼや続けているあいだブルーピリオドの主人公である矢口くんは高校2年生から絵を描きはじめ、一年後には藝大受験に臨んでいるという時間の感覚の差に具合が悪くなりました。

漫画の世界と現実を同一視するなと言われるかもしれませんが、そういう危機感を覚えるくらい本当にヤベー作品なんです。絵を描くことのしんどさ、そして一つのことに打ち込むしんどさとその先の喜びが全部つまっていて、何百回も読み返しているのにいまだに毎回泣いてしまいます。

 

ブルーピリオドのここが好き1「とにかく主人公がアツい」

主人公の矢口八虎くんは、夜通しスポーツバーで酒を飲んで徹夜で学校に行くDQN集団の一員。しかし頭がよく、色んなことを効率的に進められる人です。

両親からの信頼も厚く、はじめは美術部員のクラスメイト・ユカちゃんに対し「絵で食っていけるわけでもないんだから、もっと無難な大学を選べば?」というスタンス。しかし、美術部員である森先輩の油絵を見て打ちひしがれ、なんだかなんだあって(ここがめちゃくちゃ重要ですがあえて割愛)自分も絵を描き始めます。

読み始めたとき一番に思ったのは「え?子どものころから絵を描いてたとかもともと美術が好きってわけじゃない人が、高校2年から絵を描き始めて藝大受験って無謀すぎない?」ということでしたが、えらいもんで矢口くんはそれも分かっています。矢口くんは、自分はスタートが遅かったということを十分自覚し、その差を埋めるために毎日毎日コツコツと絵を描き、人の絵を見て、論理を勉強し自分の絵に反映させていきます。

受験が近づいていくとその真面目さが仇となり、予備校の担任である大葉先生に「矢口の絵には自分勝手力が足りない」「空気を読みすぎ。楽しんじゃう力がない」「このままじゃ合格は無理かもよ」と指摘されることになるのですが、そうした生き方の癖のようなものとさえ真摯に向き合い、課題をクリアしていきます。大葉先生のこのあけすけな感じもすごくいいんだよな~まさに師という感じで。

「努力」「修行」が大好きな少年マンガスピリットの人間は、絶対主人公に好感を持ちます。断言します。

 

ブルーピリオドのここが好き2「優しく真理を突きつけてくる」

これはもう、前後の文脈ありきの話になってしまうので簡単なピックアップに留めます。具体的には次のようなシーンおよびセリフ回しです。

 ■「私はね 世間的な価値じゃなくて君にとって価値のあるものが知りたいんです(中略)矢口さんがみんなに言いたい景色教えてください 美術は面白いですよ 自分に素直な人ほど強い 文字じゃない言語だから」

■「あなたが青く見えるならりんごもうさぎの体も青くていいんだよ」

■「好きなものを好きっていうのって怖いんだな」

■「『好きなことは趣味でいい』これは大人の発想だと思いますよ 誰に教わったのか知りませんが 頑張れない子は好きなことがない子でしたよ 好きなことに人生の一番大きなウエイトを置くのって普通のことじゃないでしょうか?」

■「作った本人が好きで楽しんで情熱を込めて作ったものってね それを見た人も楽しくなっちゃうものなんですよ これはキレイ事じゃなくて本当に」「……そっすかねえ」「そうですよ 逆にどんなに技術があっても情熱のないものは人の心に響かないんですよ」

■「美大って俺入れると思います?」「わかりません!でも好きなことをする努力家はね 最強なんですよ!」

■「人は神と自分を比べることができないから(中略)悔しいと思うならまだ戦えるね」

 

1巻だけでもこれほど、ぐさぐさ刺されてしばらく抜けない表現が登場します。文字だけじゃシーンの良さが80%減してしまうのが悔しいな。

 

ブルーピリオドのここが好き3「ライバルとの切磋琢磨」

この作品を語る上では、矢口が通う予備校にて初対面を果たす高橋世田介くんの存在を避けることができません。矢口は世田介くんの絵をはじめて見たとき次のような衝撃を受けます。

 

「無音の絶叫が俺の中に響いた」

「3秒後にはなんとかアラを探そうと必死になっている自分に気づいた」

 

世田介くんは、初日に「練りけし貸すよ~」と優しく声をかけてきてくれた矢口に対して「誰お前」と言い放つトガり倒した男の子です。聖人のような愛しいキャラクターばかりの今作において、彼は初対面の印象がバリバリに悪い。いやでもまあそこがかわいいところなんだけど、ネ……!

しかし別日、牛骨デッサンを完成させた日の帰り道では突然声をかけてきた矢口に嫌な顔をしつつも、立ち去り際に「じゃあね矢口さん」と言う。数日前には「誰お前」だったのにもかかわらず。ということは、この日には矢口の名前を覚えているんですね。

ちなみに牛骨デッサンは、絵を描き始めてたった数ヶ月の矢口が、子どものころから絵を描いている人やら浪人生やら玄人並みの人たちに混ざって油絵の画材に振り回されながら完成させた絵です。はじめのうちこそ画材がまったく使えず苦戦していたものの、次第にコツをつかむと開き直ったように「いっそ遊ぶつもりで楽しんでやろう」と絵を完成させ、のちの講評では「画材に振り回されているものの楽しんで描こうとしていて好感がもてる」という旨の高い評価を受けます。

これはあくまで憶測ですが、自分の才能を疑わず誰に習わずとも上手い絵を描くことが当たり前というクールな世田介くんにとって、周りに比べ上手くはないが「楽しい」という気持ちを爆発させて描かれている矢口の絵は、相当価値観を揺さぶる存在だったのではないでしょうか。ともすれば自分の信じていたはずのものが揺らぐくらいの。世田介くんが興味もない人間の名前を自ら覚えるとは思えないし、興味とはつまるところ嫉妬ではないかなと。だからね、本編では描かれていないし矢口の視点からは絶対に見えないけれど、牛骨デッサンの日の世田介くんは相当苦しい悔しい悲しい思いをしたんじゃないかな。想像すると愛しすぎて涙出るな。

のちに世田介くんは色々あって予備校を辞めてしまうのですが、置いたままの荷物を取りに来た世田介くんに対して大葉先生が矢口くんの近況を教えます。そんな話をなぜ俺にわざわざ伝えるのか?とイラつく世田介くんに対し、大葉先生は「高橋はめちゃめちゃ矢口を意識してるから」と指摘。「先生のそういうところ苦手」と言い残して世田介くんは去っていく。

このエピソードだけでも色々と考えさせられるところがあるのですが、何より気になったのは6巻で登場する、受験当日に体調を崩した矢口が世田介くんと森先輩を間違えるシーンです。見た瞬間本当にぞっとしたので、このシーンがのちのちどうかかわってくるのか期待してしまうなあ。

万人に対して空気を読みそもそも悪意もあんまり持たない矢口から見る、ひねくれ者で悪意の塊みてーな世田介くん。そして自分の才能を疑わず実際にはちゃめちゃにうまく人に興味もない世田介くんにとって、絵以外の分野でも成功できるだろうにわざわざ絵なんか描いてんじゃねえよと苛立つ対象の矢口。3巻のラストではなんやかんやあって二人で初詣に出かけ、矢口が「俺は美術をやっているから腹ん中煮えくり返りそうなくらい世田介くんのことが嫌」という心情を面と向かって吐露し、これが大きな前提となって受験当日まで響く構成、あまりにも、あまりにもアツすぎる。泣かずにいられるか。

ちょっと長くなりすぎたので、続きはまた次の機会に。とにかくおすすめだよ~!!ってこと!!です!!

 

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