信田さよ子さんの著書「母が重くてたまらない――墓守娘の嘆き」(春秋社)を読みました。「親子関係が悪い家庭」は本当にたくさんあると思うのですが、なかなか具体的な改善へ結びつけるのは難しいよなあ、とぼんやり体感していたのですが、今作を読んでみてさらに闇深さを感じて震え上がったのでその話を。

「母が重くてたまらない――墓守娘の嘆き」とは

「母が重くてたまらない――墓守娘の嘆き」(春秋社)は、カウンセラーの信田さよ子さんによる著書です。

「そんな結婚、許さない」「ママの介護をするのは当然。娘なんだから」「私が死んだら墓守は頼んだよ」…。そんな期待に押しつぶされそうになりながら、必死にいい娘を演じる女性たちがいる。それが「墓守娘」だ。なぜ母は娘を縛るのか。なぜ娘はNOと言えないのか。膠着した関係から脱出するには。当事者の証言を元に具体的な解決を見出す、かつてないほど希望に満ちた書。

 

ページを開けば、分かっていたはずなのにまったく心に染みこんでいなかった事実を改めて突きつけられます。

 

娘たちは、自分で欠如を感じることを奪われ、結果として欲望の欠如というもっと大きな欠如を背負わされることになる。しかし、目の前にいる母は奪うどころか与えてくれる存在として意識されており、欲望の欠如を自覚した娘たちは、それを誰のせいでもなく自己責任として受けとめるしかない。こうして、だめな娘と、よく気のつくしっかり者の母の強固な結びつきが生まれ、娘は母から離れて自立することが不可能になる。

ということで、母と娘の特殊な関係性について書かれています。「特殊な関係性」というものの、その特殊さは案外身近でもあり、そのバランスが絶妙に不穏です。

 

母親が「いい人」だからこそ関係が悪化するケースの怖さ

母子関係が複雑化しているからと言って、必ずしもいわゆる「毒親」パターンではありません。むしろ母親がかいがいしく世話を焼いてくれ、一見幸せそうな母子関係のほうが問題の根が深い可能性があります。

□母は子どものことが大切

■娘は母の期待に応えたい

娘が失敗したとき……

□母は子どものためを思い、叱咤したりアドバイスをしたりと手を尽くす

■娘は自分のふがいなさを反省し、母の意見を取り入れようとする

□母は「やっぱり娘はまだ不安な部分があるから、私がついていなければいけない」と思う

■娘は母に感謝し、母を裏切らないようにしなければと強迫観念めいた強い気持ちに駆られる

 

ある程度の年齢に差し掛かると、母に逐一口だしされる環境を「過干渉だ」「もう大人なんだから大丈夫なのに」と思うようになるものですが、そうした気持ち以上に「母に申し訳ない」、「母を裏切りたくない」と思うことで母子関係がこじれてしまうのです。

 

過保護な母を跳ね除けられない理由

いわゆる「過保護な母」は、娘の受験や就職、結婚といった人生の大きな岐路で、娘にアドバイスすることが少なくありません。その理由はめちゃくちゃ単純で「娘に失敗してほしくないから」。娘がより健やかな、よりよい方向へ進んでくれることを願っているからこそ「こうしたらいいと思う」「これがおすすめ」「こうすべきだ」等、人生の先輩としてアドバイスをしてくれます。

この問題の怖いところは、そうした母の気持ちは100%善意であり、また娘は善意を跳ね除けることは母に失礼である、と思いがちなところ。

本当は自らのパーソナルスペースに入り込んできたと感じたときには、実年齢がどうであれ思春期さながらに跳ね除けるなりおせっかいであることを伝えたり、自分のしたいことを押し通しすると楽になれるのですが「家族の善意」というのはどうも具合が悪い。「赤の他人の悪意」であれば果敢に立ち向かえる人でも、家族の善意の前では過保護と分かっていながら跳ね除けられなくなってしまいます。

 

母子関係がこじれるときの娘の心理

とは言え母も「絶対に失敗しない人」ではないはずなのですが、娘にとって母は「身近な師」になりやすい傾向にあります。そこで母が「いい学校に入りなさい」だとか「こういう道に進んだらいいんじゃない?」と言った場合、娘は「母は自分にそうなることを望んでいるんだ」と受け取る可能性が非常に高いです。母の言葉が思いつきでも、本心でなくても、「あくまでアドバイスだから、最終的にはあんたの好きなようにしてね」と思っていても、です。

学力や収入のように、分かりやすく数値化できて他人と比べられるものの場合はなおのこと。そして、母が「あの大学に行けば?」とすすめた大学への道が険しいと感じたときには「こんなに母が応援してくれているのに、自分にはできない。自分はダメな人間だ」という自己否定感につながり、母はそんな娘が心配でまた新たなアドバイスをして、娘は母の期待に応えようとするもののうまくいかない。地獄のループがはじまります。

 

親子関係を修復し、自立するためには

この問題はとても難しいものですが、「母が重くてたまらない――墓守娘の嘆き」を読んでかみ締めたのは、互いを「他人」と認識することの重要性でした。

 

母は娘という「他人」が失敗したとしても自分が傷つく必要はない。

娘は母という「他人」の意見を参考にする必要も、応えられないことを気に病む必要もない。

 

このように書くとすごく冷たいように感じられそうですが、互いへの愛や感謝が大きくなるばかりに依存し、自立できなくなってしまうことに比べれば比較的安全な状態ではないでしょうか。ほかの人から見れば仲が良くてうらやましい親子関係、と見られてしまいそうな魅力的な親子関係こそ「他人」として切り離す勇気が、よりよい関係へ導いてくれるはずです。

 

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