羽田圭介さんの著書、『成功者K』を読了しました。感想というかレビューというか、読んで思ったことなど残しておきます。そして今回も当たり前のようにネタバレをしていくので、未読の方はご注意ください。
羽田圭介『成功者K』という作品
『成功者K』は、芥川賞作家・羽田圭介さんの自伝的とされている小説です。芥川賞を受賞したことでめちゃくちゃモテた&金が入ってきた!という絶頂期を迎えている作家の日常を語る話。なにがすごいって一行目がもうすでにすごい。
Kは成功をおさめた。それはもう、多大なる成功だった。
出だし力。出オチ力。
思いっきり著者の顔を使っている、大胆極まりない装丁で、著者と主人公をあえて同一視させながら、作家の身の回りを赤裸々に書き出していきます。
ちなみに羽田さんと交友のある歌人・小説家のカトチエこと加藤千恵さんに関する表現にいたっては、作中でまんま「カトチエ」として表現されているほど。しかも「カトチエと一緒にやっているインターネット番組」というあいまいなぼやかし方をされていた番組の件も、後半では普通にカトチエから送られてきたメール内の表現として「ニャーゴ」と書かれています。もう完全に間違いなく、羽田さんとカトチエさんが水曜パーソナリティを努めていた「真夜中のニャーゴ」の話です。ニャーゴでの羽田さんは、本番中に兵器でスタッフとギスギスするなどとてもフリーダムでとても面白かったです。
日頃から様々なパティスリーのお菓子を食べる勤勉さも当然ながら、クッキー作りに必要なのは、躊躇なくバターを大量買いできる財力と、最後まで焼き続けられる体力だ。才能や繊細な感性も、体力がなくては発揮されずに終わる。つまり書くことと焼くことは同じ。焼き続けること。見えてくるはず。 pic.twitter.com/WJj2o6rGP0
— 羽田圭介 (@hada_keisuke) 2019年4月28日
話はそれるけれど、ご本人のSNSを見ていると真夜中に淡々とクッキーを焼いたりしていて、それもまた面白い。ナチュラルにやべー人感があって。
羽田圭介『成功者K』のラスト
『成功者K』のラストシーンは、ネット上で物議をかもしています。
ざっくりネタバレ解説。ラストまではとにかく、成功者Kの成功っぷりがひたすら描かれていきます。テレビに出演しまくったり、その結果外でめちゃくちゃ顔をさされる!というハライチ澤部氏のような悩みにさいなまされたり、ファンの女の子たちと性交しまくったり、それまで付き合ってきた彼女とは別れて若手美人女優と付き合いはじめたり、メルセデス・マイバッハを乗り回したり、テレビの出演金額をつりあげたりしていきます。
そうしてたどり着いたラストでは、本編中で「過去」のこととして描かれている、成功者Kが成功する前の生活が少しずつクロスフェードしていきます。そしてパラレルワールドのように、過去の生活に戻って終わり。メルセデス・マイバッハや若手美人女優の恋人などがすべて消えて、すべて幻想だったのでは、と思わせるような終わり方をします。
私がはじめて出会った自伝的小説は中学生のときに読んだ金原ひとみさんの「AMEBIC」だったのですが、小説という、言わば虚構を構築していく仕事の末、現実の境界線が曖昧になっていくという構成、とても好きです。
ネット上のレビューで「煙に巻かれたようなラスト」という表現がされているのを見て、それは決してポジティブなニュアンスではなかったのですが、それでもものすごく腑に落ちました。煙に巻いてくれ~すべての作家は私たちを追いていってくれ~。
真夜中のニャーゴで話されていた『成功者K』の話
『成功者K』の作中でも出てくる「真夜中のニャーゴ」ですが、実際に番組内で羽田さんはカトチエさんと一緒に『成功者K』について話しています。
私が一番印象的だったのがカトチエさんによる「もちろんフィクションですよ」という話。フィクションorノンフィクションという、今作のもっとも重要な部分について、羽田さんではなくカトチエさんがバッサリと言い切っているのがとても印象的でした。
羽田さんご本人はそして自分と照らし合わせるのではなく、出回っている自分のイメージ・嘘情報と照らし合わせ、文学を読むというより週刊誌を読む感覚で読めるように書いた、とのこと。「小説に興味がない人をどうやって巻き込んだらいいか」という考えの末、たどり着いたそうです。ラストについては「物語の構造としてはよくある話」と言い、カトチエも「羽田くんの作品らしいよね」と言っていました。
一番面白かったのは羽田さんの「コールオブデューティみたいな小説」という比喩。小説を読み解く上でCoDの名前を聞くとは思わずテンションがあがってしまいました。つまりゲームの操作主=プレイヤーになるFPSのように、主人公=読者という構造で読んでいくと面白いよね、という。表紙については「勘弁してほしかったんだよ」「人の顔が表紙の本なんて買う気しねえよ」と言っていたのもにやにやしました。
ちなみにカトチエさんは、作中の”カトチエ”について「カトチエって名前使っていい?って聞かれたけど思いのほか出てくる。なんなら重要人物」と驚いたそう。朝井リョウさんや古市憲寿さんからは、羽田さんではなくカトチエさんへ「読んだよ~!」という感想メールが来たとか。カトチエさんの「私じゃなくて羽田くんに言って」がド正論すぎた。
『成功者K』の面白さとは
さて、私の思う『成功者K』のポイントは「芥川賞を受賞したから人生が変わった」のではなく「芥川賞をきっかけにテレビに出るようになってから人生が変わった」という部分です。
そしてぐっときた描写がこのあたり。
- 酔っ払った芸人に「素人がテレビに出るな」と言われるシーン
- 「小説家」でありながら「芸能人」のような仕事に追われ、小説を書く時間を捻出できなくなっていくシーン
私がこの作品を面白く読んだのは、私が小説ともテレビ業界とも距離のあるまぎれもないド素人だからなのかもしれません。作中のあらゆる描写をノンフィクションとして、リアルとして読んでしまった場合、ガチガチの芸能人の方にとっては「いやいや、テレビ業界ってこんなんじゃないから」という描写もあるのではないかと思います。でもこれはあくまでフィクション。カトチエさんも言っていた通り、当たり前に、バッチバチの、フィクションです。私はその線引きを知らず「小説家の生活ってこうなのかも」、「テレビ業界ってこういう感じなのか」と信じ込めるド素人だから、面白く感じられるのでしょう。
小説家が求められがちな「身を切り売りしろ」「誰も語りたくないような赤裸々な部分を書け」ということをしながら、身を守るための措置もとられている構造は、すごくうまいなあと思いました。頭がいい人なんだろうなあ、という、頭が悪い感想を最後におひらき。
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