近年、さらに深刻化している虐待の問題。痛ましいニュースに対し「もっと早く気づくことができれば」という表現が使われることは多いですが、実際「早く気づく」ことは現実的なのか、現役の保育士Aさんにインタビューしました。なお、プライバシーを保護するため一部表現を整えています。
保育士は虐待に気づけるのか?
――仕事中、特定の児童に「虐待を受けているかもしれない」と思ったことはありますか?
Aさん:あります。うちの園はあまり児童数が多くありませんが、それでも年に何度か園長や他の保育士とのあいだで「あの子はひょっとして」と会議が開かれることがあります。判断が難しいケースが多いですが、保育士同士で情報を共有することで早い段階から気にかけることができるので、もしかしてと思ったときにはすぐに共有するようにしています。
――どのようなシーンで、虐待を疑いますか?
Aさん:色々ありますが、まずは子どもの様子の変化です。例えばいつも元気で活発だった子が、このところ妙に消沈し、疲れきった様子でいる。穏やかで大人しかった子がヒステリックに泣いたり怒ったりするようになった。親御さんのお迎えが来ると、施設内を走り出して逃げようとするといった様子から「もしかして?」と可能性を考え、他の保育士にも注目してもらい、総合的に判断します。
――ニュースでは「虐待によるアザやケガ」が報道されることも多いですが。
Aさん:確かに、ケガが目に付き「どうしたの?」と聞くこともあります。しかし、遊んでいるあいだにケガやアザを作ってしまう子は多く、また虐待されている子どもは正直な受け答えをしにくい傾向にあることを考えると、その他の様子も踏まえた総合的な判断が不可欠になります。
一番怖いのは「見えない虐待」
――ケガなどの目に見える形に表れなくても、虐待はあり得るということですか?
Aさん:虐待というと、どうしても殴りつける、蹴り飛ばすという過激な行動をイメージしやすいと思いますが、すべての虐待がそうした事例に当てはまるわけではありません。目に見えにくい精神的な虐待やネグレクトにも注意する必要があります。
――精神的な虐待とは、ひどい言葉を投げかけるというような虐待ですか。
Aさん:そうです。「お前なんて産まなければよかった」というような言葉をかけられた子どもは、目に見えなくとも深い傷を負い、大人になってからも傷ついたままでいます。また「ネグレクト」といって育児を放棄する虐待も存在します。
――「この子はネグレクトを受けているかもしれない」と感じたことはありますか。
Aさん:はい。昨日と同じ服を着てくる、服を洗濯した様子がない、お風呂に入っている様子がないなどの理由から、ネグレクトを疑った経験があります。
また、極端にやせ細った子は食事を十分に与えられていない可能性もあります。朝ごはんに何を食べたか聞くと「アイス」と答えたり。親御さんに聞くと「作ったのに本人が食べなかっただけ」というように答えられました。
もちろん、子どもの食べムラは多くの子に共通する話ですし、お菓子やアイスしか食べていないからといってすぐにネグレクトと断定することはできません。重要なのは「保護者さんがなんと答えたかより、どのように答えたか」です。そのときも、受け答えから親御さんが子育てに相当疲弊している様子がうかがえました。
保護者の状態から見えてくることも
――保護者の疲弊した様子からも、虐待の可能性を感じ取れるということですか?
Aさん:親御さんにもさまざまな事情がありますので、お子さんのことを心から大切にしている方が、例えば仕事やその他の事情から一時的に疲弊し、子育てに向き合えなくなってしまうことも十分あり得ます。そんな中で、疲弊した様子が長期化している、言葉や態度が大きく変わっている、保護者同士や保育士と話しているときと子どもに目を向けるときで態度があきらかに違うという場合にはやっぱり「おや?」と思います。
あとは毎日の会話の中で、仕事がうまくいっていない、お金の心配をしているなどの変化が見られたときにも気にしています。直接子どもとは関係ない問題でも、親御さんの精神的負担が大きくなると巡り巡って子どもにふりかかることはめずらしくありません。
――保護者のどのような対応に、注意を向けていますか?
Aさん:親御さんも子どもと同じで、変化を感じたときに注意を向けています。送り迎えでお会いするとき妙に感情的な様子や、子どもに対してカッとなるような対応が見られたときは、注意深く観察するようにしています。
反対に「最近元気がない、無気力だ」と感じることもありますので、さりげなく声をかけたり、心配している人がいるのだと示したりするようにしています。なにかのタイミングで「以前の○○ママに戻った」と感じられればいいのですが……。
虐待がエスカレートする前に周囲の人ができること
――虐待を止めるため、周囲の人にはなにができるのでしょうか。
Aさん:エスカレートさせないためには、やはり児童相談所への通告が必要だと思います。通告者は保護され、本人に明かされることはないため、人間関係の破綻や逆恨みを恐れて通告をやめる必要はありません。一方で「通報されてしまった」という事実が、虐待をしていない親御さんを追いつめることもあるのが難しいところです。
――実際には虐待をしていないのに、疑われたことが親御さんの負担になってしまうということですか。
Aさん:以前、突然園に来て「私は虐待なんてしていません!」と主張した親御さんがいました。話を聞いてみると、どうやら児童相談所の方が自宅へやってきたため、強いプレッシャーを覚えていたようでした。あとで園内で確認したところ、その保護者さんの件を児童相談所へ相談した保育士やスタッフはいませんでした。
もともと、子どもが一度泣き始めるとどれだけあやし、手をつくしてもなかなか泣き止まないことに手を焼いている様子だったので、恐らく泣き声を聞いた近隣住民からの通告があったのだと思いますが、それをきっかけに常に監視されているような気持ちになり園や親しい人、子どもにかかわる人の一人ひとりに「虐待じゃない、私は虐待なんてしていない」と主張していないと落ち着かなくなってしまったようでした。
――こうした事例も含めて、最善の対応は何だと思いますか。
Aさん:もちろん、児童相談所への通告も大切です。その他にも、親御さんを一人にさせないためのサポートができると思います。子育てをしていて、誰にも頼れず一人ぼっちだと考え、追いつめられていく人は非常に多いです。そんなとき、周囲がちょっと労わるような声かけをしたり、荷物を車まで運んだりといった何気ない言動を起こすだけで、涙を流してしまう親御さんもいます。
それだけ追いつめられているということですから、本当に些細なきっかけが虐待につながることも、反対に救いになることもあるはずです。虐待を未然に防ぐには、子育てに直結する大きな手助けができなくとも、積極的なかかわり合いが必要だと考えています。
(取材:2019年7月某所)
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