吉田修一「犯罪小説集」内エピソードの気持ち悪い生々しさ

吉田修一さんの短編小説集である「犯罪小説集」を読みました。これがめちゃくちゃ面白くて「とにかく読んでくれ頼むから」と周囲の人に勧めまくっているのですが「ほんと、めっちゃおもろいから」としか言えず、我ながらどうかなあと思ったので、私が強烈に惹かれた「キャラクターのエピソード」に注目して掘り下げてみたいと思います。

吉田修一「犯罪小説集」について

「犯罪小説集」はタイトルの通り、実際にあった犯罪を基にした、5つの中篇から成り立っています。実際の犯罪を基にした小説、というのはそれだけで他のどんな作品よりセンシティブな存在になってしまい、書く方も読む方も軽率に感想を言う方も、なかなか難しい部分があるのですが、この作品集はいい意味で淡々としているところをとても信頼しています。作中で起きたことに対して、迫るような描写であるのに一貫して俯瞰的。よい悪いと裁かれることがなく、ただ気配とか後味みたいなものだけが残るので、これが「めちゃくちゃ面白い……!!」という読後感につながるのだと思います。

とりわけ、作中の主な話の流れから少し逸れながらもキャラクターを語る「エピソード」が素晴らしいな、と思ったので、一部抜粋します。ネタバレはできるだけ避けたいのですが、どうにもピックアップするのが難しいので、ぜひ本編を読んでから読み進めてもらいたいです。

 

子どもが「うちは本当に金持ちなんだ」と納得する瞬間

私が特にグッときた作品「百家楽餓鬼」の視点主のキャラクターは、良家に生まれ幼い頃から自分の家庭が金持ちであることに自覚的である男のひと。その中でもひやりとするほど印象的だったのが、小学生の頃、小銭を捨てる友人がいた、というエピソードです。

その友人は「1円とか5円は指が臭くなるから」という理由で、小銭を道端に捨ててしまいます。いかにも小学生らしい、強がりというか虚勢というか、やや痛みをはらんだエピソードなのですが、それに対する視点主のキャラクターの言動が大変衝撃です。それは、友人が捨てたお金を「いらないなら俺もらおっと」と拾うこと。

これだけでは至極普通の言動に思えるのですが、ここでキャラクターは、「人が捨てたお金をためらいなく拾う」という自身の行動に、他の友人たちがやや引いている空気を実感しながら「うちは本当にお金持ちなんだ」と実感するのです。お金を拾うことをいやしいと思わない、というのは、確かに一般家庭の教育では難しいかもしれない。そしてそれを、小学生のキャラクター自身が、友人の言動とそれを見守る一般多数の友人の反応から汲み取る、というシーンに得も言えぬ気味の悪さを感じます。

 

女性の「執着心」が表れたテニス

続いて「曼珠姫午睡」という作品は、視点主キャラクターが中学生の頃の同級生である「ゆう子」が逮捕されたことをニュースで知るところからはじまります。そうして思い出すのが、彼女が中学時代、ゆう子とテニスで対決をしたときのこと。

視点主のキャラクターとゆう子は、運動能力にそもそも差がある中でテニスの対決をします。ゆう子は運動が得意なタイプではなく、テニスコートの中をドタドタと走り回ってラケットを振るときには「フンッ」と声を漏らして、その姿はあまり美しいものではなく、コートの外で試合を観戦している男子生徒たちはその姿を真似しながら笑っています。しかし当のゆう子にはその様子が目に入っていないようで、一心不乱にボールを追いかけ、その執着心に視点主のキャラクターは恐怖を感じます。

作品の後半、中学を卒業をしたゆう子がどんどんきれいになっていった様子や、事件当日まで多くの男性からもてはやされていたことなどを思い返し「テニスのとき、もしかしたらゆう子は男子たちからバカにされていたのではなく、すでにあのときから男性を惹きつけていたのかもしれない」という思いの変化があるのですが、その結論も含めてなんというか、とても、いいです。好きですこの話。

 

筆箱をめぐる男子とゆう子の関係

もう一つ、「曼珠姫午睡」より。洋介という、クラスで人気の男子と、小学生の頃のゆう子のエピソードもとても気味悪くて好きです。

あるときゆう子は、さほど接点のない洋介に当時流行っていた高機能な筆箱を渡します。「お父さんがパチンコでもらってきたけど、男の子向けのデザインで私は使えないから」と。洋介はとても律儀な男の子で「もらっていいかお母さんに聞いてからもらう」と言うのですが、ゆう子はなぜか「私からもらったと言わないで」「人の目につくところで使わないで」などと条件を提示します。

結局洋介は、誰にも言わず筆箱を受け取り、誰にもばれないようにこっそり使うことになります。そしてその後、ゆう子と洋介にそれ以上の接点はありません。ただそれだけのエピソードなのですが、最後「ゆう子は文集の中で一番仲がいい人の名前を書く欄に、洋介の名前を書いていた」という内容でしめられます。なぜそんなことをしたのか、そもそも筆箱をなぜ渡したのか、本当にパチンコの景品うんぬんで手に入れたのか、何も分からないまま、それ以上語られることはありません。

 

 

こんな感じで、終始俯瞰、終始語られすぎない吉田修一さんの「犯罪小説集」。今回、本当に好きなエピソードだけピックアップしたので2編分しか書いていませんが、他の話もめちゃくちゃよくて、最初から最後まで完成されている作品です。かつてのスター野球選手の転落を描いた「白球白蛇伝」は、今まさに試合中の少年の立場が変わっていく描写が本当につらかった。少女誘拐事件を扱う「青田Y字路」と限界集落の村八分から起きた事件を扱う「万屋善次郎」は、集団心理の怖さが読み終わったあともじわじわ残り、少女や犬などのモチーフの健気さとのコントラストがまた苦しく。自分には多角的な見方なんてまるでできねえわ、と、心臓に楔を打たれたような読後感です。本当に面白かったです。

次回→ 吉田修一「キャンセルされた街の案内」ネタバレ込み考察

 

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