先日読んだ、吉田修一さんの「犯罪小説集」があまりにも好きすぎて、別の作品も読んでみようと思い手にとった「キャンセルされた街の案内」。短編集なのですが、読んでみたらめちゃくちゃ気になるところがあったので、メモを兼ねて残しておきます。内容のネタバレ、作品のオチにまつわる話もあるので気をつけて。
「キャンセルされた街の案内」とは
「キャンセルされた街の案内」は、吉田修一さんによる短編集です。初版発行が2009年8月。古いものでは1998年の作品もあり、掲載媒体も内容もまったく違う作品の詰め合わせです。恋愛のはじまりのような何気ないシーンの尊さを描く作品もあれば、ミステリーっぽい話もあるし、なんとも言えない読後感を残すお話も多く、一冊を読む中でどの作品に惹かれたかという話だけでかなり盛り上がれそうです。それから、ハードカバー版の装丁がとても凝っていてかわいい。
世知辛くて最高だった「奴ら」
私は「奴ら」という作品が好きでした。「奴ら」の主人公は、写真の専門学校に通う男子学生。些細なきっかけでカッとなりやすい性格の主人公が、電車の中で痴漢に遭うところから話はスタートします。とにかく密度の高い満員電車の中なので、下手に抵抗したり加害者になにかしら主張したりといった言動にあたって、目の前にいるめちゃくちゃきゃわゆい女子の身体に触れかねず、ともすればこちらが加害者にもなりかねないサンドイッチ状況。そしてなにより、自分自身が「痴漢されました!」と主張したところで、周囲の人間がどう思うだろう、どう味方してくれるのだろうと考えると、なかなか普段の瞬発力を生かすことができず、そうこうしているあいだに調子に乗り始める痴漢野郎。最終的に、とうとうチャックまで開けられたところで駅に到着し、犯人に逃げられてしまいます。
犯人の顔もちゃんと見たのに結局捕まえられず、もやもやした主人公は彼女にそのことを話そうとするも、すぐ感情的になってしまうのでうまく伝えられません。主人公「こんなことあったマジ最悪」→彼女「痴漢されたのがいやなの?痴漢された自分の女々しさがいやなの?」→「うるさいとにかく変態ホモは日本から出ていけ」→「同性愛者全員が悪いなら○○さん(知人)も日本から出ていかなきゃいけなくなるね」→「そういう話をしてるんじゃないんだ○○さんは知り合いだからいいんだ」→「見知らぬ人はダメなのに?知ってる人だけで楽しく暮らしたいってこと?」→「なんで俺が差別してるみたいな言い方するんだ俺は学校でも留学生と仲良くしてるんだぞ」→「うっわーこいつマジやべえわ……」みたいな。
「犯罪小説集」を読んだときと同じく、この話どこに落ち着くのかな……とハラハラしながら読み進めていったのですが、最終的に電車の中で痴漢野郎ともう一度エンカウントし、怒りのまま自分から相手に尻を押し付けて強引に痴漢をさせ、前回飲み込んでしまった分まで大声で「こいつは痴漢だ!」と主張するところでお話は終わります。駆けつけた警察が、すっかり感情的になって暴れている主人公を取り押さえているところに第三者が「その人被害者です……」とこわごわ伝えるラストと、二度目にエンカウントした痴漢がなかなか手を出してこず、主人公が感情にまかせて尻を差し出したときの「お愛想程度に撫でた」という表現が最高に悲しくてみじめ。「犯罪小説集」で言うところの「百家楽餓鬼」のような、この主人公どこまでいってしまうのだろう……と眺めていたら、最終的に正義も悪もあいまいな場所に落ち着いてしまった、という残酷すぎる展開に、しばらく食らってしまいました。
「24 Pieces」についての考察
本題です。今作に収録されている「24 Pieces」は、その名の通り24の文章からなるお話。端的に言うと、友人の恋人と寝てしまった主人公が罪悪感やなんやかやで思い悩むさまが、24の短い文章から綴られています。このお話、シンプルに読めばそれだけの話なのですが、たぶんそれ以上の深い意味と真相がある、のだと、思うんですけども、私の読解力じゃ本質にたどり着けません。助けてください。色んな方の考察が聞きたいです。
最後の文章は「いつも行く喫茶店でコーヒーを頼むとチョコレートが二枚ついてくるから、その裏に日記を綴っていこう」的な内容です。つまり最後まで読むと、24の文章は時系列的に逆に配置されていることが分かります。最後の文章から、最初の文章に向かって時間は経過しているとなると、この物語の最初の数行につめこまれた「裏切り」などの言葉が、何日にも渡って感情を煮詰めて煮詰めてその結果出てきたワードであるということが分かって、なんかもう大変不穏なんですね。絶対にこのあと何かしてしまうじゃんこの人、っていう。
それよりも私が引っかかるのは「化粧をしている彼女の背中に『誘ったのは俺だから』と言ったら『そんなの関係ないよ』と言われた」というエピソードが二回出てきているということ。普通に考えると「彼氏を裏切ってしまったことに悩んでいる彼女に対して、悪いのは自分だ、と主張し、いや私も悪いんだよ、という旨かえされた」という風に読めるんだけども、そんなにシンプルな内容で片付けて果たしていいのだろうか、という気持ちにもなります。『そんなの関係ないよ』という言葉自体、責めているニュアンスにもとれるし。
そもそも「彼女」は、三人称Sheとしての彼女なのか、それとも「親友の彼女」としての彼女なのか、はたまた自分の彼女なのか?っていうかこの話のキャラクターって何人いる?主人公と友人♂とその彼女♀だけ?もしかして主人公の彼女という立ち位置の人が「彼女」としてしれっと出てきたりしてない?当たり前のようにM=友人♂であり彼女♀の彼氏、だと思って読んでたけど合ってる?なんなら俺の彼女♀と友人M♂がデキてたりしてない?っていうかそもそも主人公俺って本当に男?主人公俺がホテルに連れ込んだ相手は彼女♀で合ってるの?大丈夫?みたいな感じで、終始疑心暗鬼になっています。
「24 Pieces」の気になるポイント
とりあえず、早急に解明したいこととしては
- 主人公が「怒っていること」は何?
- 「M」は誰?
- 主人公が本当に果たしたいことは何?
- メールを誰にどのタイミングで送っているの?
これは本当に、この作品を深読みしたいだけのただの憶測なんですが、短い作品の中ごろに1週間の海外出張が決まった、というシーンが出てきます。そのタイミングで主人公は携帯を海外でも使えるものに買い換えています。ということはこのタイミングで、例えば彼女に「やっほ~Mだよ~携帯変えたよ~メールアドレスも変えたからよろしくね~」みたいなメールをしていたとすれば、主人公の「メールを送った」という描写も、誰へ向けて、誰として送ったメールなのか分からなくなります。吉田さんがこの作品を執筆された当時はスマホ文化爆発前だし、メールに対する認識もセキュリティも今より甘かったわけで、そんなこと造作もないはず。となると、作品の最初の1文であり、物語の時系列的にはラストになる一文の「メールの返事が返ってこない」という文章についても、誰のふりをして誰へ送ったメールの話かは分からない。
大事なことなので何度でも言うんですけども、本当に色んな方の考察が聞きたいです!読書会しましょ!このお話の真意を探りあいましょ!
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