【ネタバレあり】島田雅彦「君が異端だった頃」の感想レビュー

島田雅彦先生の「君が異端だった頃」がとても面白かったので、その感想とレビューを残していきます。

「君が異端だった頃」私小説とはなにか

「私小説は嘘つきが正直者になれるほとんど唯一のジャンル」

作中に登場する表現の中で、今作の内容をもっとも端的に表現しているのがこの文章だと思います。今作「君が異端だった頃」は、上記の文章にまとめられる「私小説」。島田先生は今作について「9割以上が真実」と語っておられます。

もちろんそれさえも嘘付きの言葉ではあるのですが、各所で異端扱いされる小生意気な少年が小説家として評価されるまでを生臭いまでのリアリティとともに描いた生々しい作品であることは変わりません。酒と女とクラシックと純文学、という大変古風な、いわゆる文学者的な要素で構成された「君」について、三人称目線で語られていきます。

 

学生時代の描写がすがすがしい

島田雅彦先生の作品は「優しいサヨクのための嬉遊曲」、「僕は模造人間」、「夢使い―レンタルチャイルドの新二都物語」、「ドンナ・アンナ」など諸々読み、青さや自意識を取り扱う作品がめちゃくちゃ好きな人間にとって、節々から匂い立つ気配がとてもたまらねえな~~と感じていた作家さんの一人。そして今作「君が異端だった頃」はその魅力がさらに色濃く現れています。

特にたまらないな~というくらいひりついているのが、学生時代の描写。一部抜粋します。

生徒の中には将来、刑務所に入る者も出てくるかもしれない。その時、模範囚になるような教育をあらかじめ施しておくのが中学校の使命である。

読みながらにやにやを押さえきれなくなりました。学生時代のいたらなさ格好悪さを払拭するために小説家を志した、という旨の内容もありましたが、学生時代の相当な鬱屈がその後の人生に多大なる影響を与えているのだろうな、というか、まじで与えすぎではないかな……まじ……ほんま……大丈夫なん……という学生時代の青く輝かしい日々の羅列、たまんねえです。

私が一番好きなのは高校時代のお話で、通っていた高校とその周辺地域のことをまとめて「カワサキ・ディープ・サウス」と表現するあたりもまた、うまいこと言いよったで!感があって愛おしい部分です。

 

作家への道

学生時代の青臭さや格好悪さはモテエピソードで中和しつつ、惹かれるのはやはり作家を志しての言動と、実際に作家になってからしばらくの描写です。

芥川賞候補に6回なるも毎回落選するだとか、それならもう芥川賞はいいわいと三島賞に救済措置を願うもそちらも落選するだとか。そこに団塊の世代の諸先輩方の陰謀を感じるだとか。

その中でも精力的に新作を発表し、徹夜でライターズハイに入るまで書き続けたり、やや面倒なことも失敗するか成功するかということを考えるのではなく「遠くまで行くための遠心力になるだろう」と考えて経験することを果敢に選んだり、なんとなく少年漫画スピリットを節々に感じます。酒と女とクラシックと純文学の古風な方ではあるんだけれども、それは決して敬遠する対象ではなく、かと言って異端でもなく、週刊少年ジャンプの主人公なんだよな。

 

文豪たちとの日々

誰が少年漫画や!文学者じゃ!という話ですが、作中には名だたる文学者たちも実名で出てきます。まず、作家生活に多大な影響を与えた埴谷雄高氏。

埴谷雄高氏の「死霊」の与えた影響はかなり大きかった様子。中学時代にピンク映画館に行くつもりが追い出されて、泣く泣く近くの別の映画館で見たという「時計じかけのオレンジ」とあわせて、人格形成ならびに作家としての人生を構築するためになくてはならない存在だったようです。

大岡昇平、安部公房、後藤明生、山田詠美、古井由吉、いとうせいこう、中上健次といった作家の名前もちょこちょこ出てきます。とりわけ中上健次氏については色んな確執があったようで、彼のおかげで各種賞を受賞できないよう根回しされていたり、「島田を殴る」と宣言していると各所で噂になっていたり、文壇バーをはしごするときには彼に見つからないよう細心の注意を払わなければいけなくなったりと、かなり大きな影響を与えていたよそうな。

ラストのラストには、中上健次氏の死についても語られているのですが、ここがちょっと、ええ……みたいな、ちょっともうそれはずるいんでは、みたいな内容で、そこからラストまでの駆け抜け方も、どうしたん?死にそうになりながら書いたんか?という雰囲気とあいまって大変ぐっときました。

二人を巡るできごとすべてが帳消しになるわけでも美談になるわけでもなく、ただそうした事実があった、というだけで、それ以上も以下もなく。だからこそ、「私小説」とはこういうものなのだと妙に納得しました。

 

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