志村志保子「女の子の食卓」「名づけそむ」に登場する、逃げる少女

子どもの頃からずっとりぼんを読んできた人も、どこかのタイミングでりぼんを卒業するものでしょう。そして、矢沢あいさんやいくえみ綾さんなど豪華な執筆陣が揃う姉妹紙、Cookieに流れた経験を持つ人も少なくないはず。

まさにそんなきっかけでCookieを読みはじめ、出会った漫画家が志村志保子さん。以来、めちゃくちゃ好きな作家さんの一人になってしまいました。

志村志保子という漫画家について

りぼん読者からすると、Cookieは「とにかくお姉さん」な雑誌でした。矢沢あいさんを例に挙げるのなら、りぼんで描いていたのは「天使なんかじゃない」とか「ご近所物語」。

それに対し、Cookieで連載していたのは「NANA」。割としょっぱなからナナとレンがガッツリ致しているシーンもあり、当時小学生の私が、歳の離れた姉にNANAの単行本を取り上げられた理由も今なら分かります。

90年代りぼんの繊細ドラマティックストーリーを基盤に、エロや死生観もプラスされたという印象のCookieで、いわゆるお目目きらきら少女マンガタッチとは一線を画した作品を執筆していたのが、志村志保子さんです。

 

志村志保子さんの作品一覧

  • 女の子の食卓
  • 名づけそむ
  • ブザー、シグナルゴーホーム
  • 林檎の木を植える
  • はじめての猫

 

志村志保子が描く「逃げる少女」

志村志保子さんの作品には、繰り返し登場するあるテーマがあります。

それは「逃げる少女」

短編オムニバスである女の子の食卓では、ルートビアの話やマスタードの話、リンゴと一緒に保管すると甘くなるキウイの話にその片鱗が見えます。

ルートビアの話は、一人暮らしをしている男子と、彼になついている小学生の女の子のお話。アメリカ旅行のお土産としてルートビアを受け取った少女は、少なくとも彼に好意的に思われていると得意になるのですが、その旅行は彼女と一緒に出かけたものだと知り、激しい嫉妬に襲われます。そして彼女の前で衝動的に「彼にキスされた」と嘘をつき、罪悪感と羞恥で彼らの前から逃げ、その後接触を避けてしまいます。

リンゴとキウイの話も、小学生の女子が主人公となるお話。同級生の女の子から「子どもの作り方」というその年代の女子にとって大変ウィークな話を包み隠さず教えられた女の子は、その子を「いやらしい子だ」と嫌悪し、彼女から逃げます。短いページの中でまとめられた話は、大人になった少女が「あのとき、彼女を遠ざけたところで、自分の成長を止められるわけではなかった」と振り返るところで終わります。

女の子の食卓は、そのタイトルの通りさまざまな料理をモチーフにしたお話。しかし少女たちにとって、料理・食卓はしばしば幼さの象徴にもなる。自分の幼さに向き合えない少女は逃げてしまうものの、作中で咎められることはありません。見守るように正直に書き表す志村さんの作品は、りぼんからCookieへ移ったばかりの幼い読者にとってとてつもなく印象的でした。

 

志村志保子の「逃げた母」

さて、もう一つ志村志保子さんの作品に繰り返し登場するのが「逃げた母」というキャラクターです。

例えば「女の子の食卓」の記念すべき第一話は、自動販売機で購入できるアイスクリームと、スイミングスクールに通う幼い姉弟が登場する映画のように完成度の高いお話。この話の中核になるのが、幼い子供たちを捨てて新しい家庭を築き「逃げた母」です。

 

母娘関係のしんどさについてはこちら→信田さよ子「母が重くてたまらない――墓守娘の嘆き」を読んでこじれた親子関係の闇深さと改善策を考えていた

 

さらに「名づけそむ」も、第一話の主人公は、かつて子供を捨てて男と駆け落ちした経験を持つ「逃げた母」。このほかにも、「女の子の食卓」では「姉妹と父親が潮干狩りに行く話」などで、家庭を捨てて逃げた母が登場します。

あまりにも印象的なキャラクターとして登場するものだから、ひょっとして実体験に基づいているのでは……?と邪推してしまったこともあります。

しかし「漫画家ごはん日誌」では、子育てと仕事のあいだにお母さんが作ってくれたご飯を食べてほっと落ち着いた、という内容のエッセイがありました。めちゃくちゃほっこりするエピソードです。一瞬でも疑って本当にすみません。

 

逃げる少女と逃げた母を客観視して

思わず邪推してしまうくらい、志村志保子さんの作品に登場する女性は一人ひとりがめちゃくちゃリアル。どこかですれ違っていても気づかないだろうと思うくらいに、リアルです。ということはたぶん、道ですれ違う人の中に、少女マンガの主人公はたくさんいるんだろうな。

小学生でも妙齢でも、みんな少しずつ未熟で、かつ自分の未熟さと向き合っている人ばかりなのがとてもぐっときます。そして何より、逃げなかった人もたくさん描かれています。

志村志保子さんのキャラクターの、コミュニケーションに対する真摯な姿を見ていると、りぼんを卒業した頃の自分から、どれほど成長できているんだろうと反省します。私もいつか、色んなことから逃げずに、お姉さんになれるんでしょうか。

 

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