先日、首都圏の某地方都市へ取材に行きました。その際に、80台代の男性がさらに年上の姉を介護しているという、いわゆる老老介護の現場を目にしましたので、許可を得てそのときのレポートを残しておきます。
80代のお姉さんを介護する80代男性
私が取材したAさんは、80代の男性。ご自宅にお伺いしたのですが、お庭から玄関、廊下といたるところにバリアフリー整備が行き届いていました。
チャイムを鳴らしたのですが返答がなく「あれ?アポの日時間違えた?」と不安になりながらも待っていると、3分ほど後にAさんがお出迎えしてくださいました。お待たせしてすみません、とAさん。
Aさんは「足腰が悪くなってからは、玄関へ出ても宅配便の方がもういない、ということが多くて」と笑っていました。数年前に腰をいためてからは思うように動かなくなってしまったらしく、上半身と床とが平行になるような前かがみで、杖をつきながら客間へ通してくださいました。
Aさんは、未婚のお姉さんの介護をされています。
「姉は4つ年上ですが、以前大病していることもあり身の周りのことを自分で行うのがほとんど難しい状況です。昼間はヘルパーさんとリハビリに行っていますが、夕方に帰ってきてからは、私が世話をしています」
前述の通り、Aさん自身もご健康と言えど、やはり立ち振る舞いの節々に年齢を感じさせ、身体を支えたり、預けられたりといった動作が簡単でないことは想像にたやすい状況。
「姉も私自身も未婚です。お互い、子どもがほしいと思ったことはないのではないでしょうか」
話の途切れたタイミングでそうつぶやいたAさんの言葉は、自分に言い聞かせているようでもありました。
老老介護に陥ってしまう原因
老老介護の問題について語られるとき、自治体における介護の制度が整っていないことや金銭的な問題を老老介護の原因として挙げられることが少なくありませんしかしAさんのお話を聞くだに、Aさんのご家庭に関してはいわゆる貧困という状態とは程遠い様子。実際、Aさん自身も若い頃の苦労のお話を多くされていました。ご自宅の様子に目を配らせるだけでも、そのお話が嘘でないことが分かります。
Aさんは、お姉さんの調子が悪化する中で高齢者向け住宅などの利用を検討したこともあるそうですが、人の手を借りることに抵抗があり、結局辞めてしまったそうです。
「若い人から見たら何もできないおじいさんに見えるかもしれませんが、車も自分で運転していますし、生活に困ることはありません」
そういうAさんの声は、穏やかではあるものの強い意志が感じられました。
老老介護の対策としてできること
Aさんに、今後介護サービスを利用する予定はあるか聞いてみました。
「身体に無理がきたら考えることもあるでしょう。現状は、姉のことも自分のことも無理のない範囲で行っているので、予定はありません」
きっぱりとした口調でした。もしかしたら、これまでにも何度も、何かしなければならないのでは、という気持ちにせっつかされた他者に同じような質問をされ、うんざりしていたのかもしれません。Aさんのように、貧困などの理由ではなく自分の意志で自ら介護をすることを選んでいる人にとって、執拗に外部サービスを勧められることはプライドにもかかわる問題なのでしょう。
私たちにすべきことは、老老介護の現状を辞めさせることではなく、当事者の意見を尊重しつつも常に意識を配らせることなのかもしれません。
かと言って、すべての意見を尊重していいのか、とも思ってしまいます。例えば、前述の通りどこへ行くにも車を利用しているAさん。車を運転する以上、誰もが誰かを巻き込んだ事故を起こす可能性があります。特に近年の、高齢者ドライバー問題の多さを考えると、本人の希望がどうあっても押し切って判断すべきシーンもあるはず。
しばらく話したあと、ふいにAさんが「お茶をお出しするのを忘れていました」と立ち上がりました。そして出てきたのは抹茶ラテ。
「最近気に入っているんです。取り寄せが好きなので、色んな飲み物や菓子をインターネットで注文しています」とAさん。先ほどの「生活に困ることはありません」という言葉が、さらに現実味を帯びてきました。
なおも若々しい感性のAさんとお話をしていると心配すべきことはないようにも感じられてしまいますが、共倒れのリスクや心身への影響のことを考えると、Aさんが語らない介護の現場のことまで、経緯をもって想像する必要があるように思います。
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