「オチョナンさん」で有名な中山昌亮さんのホラー漫画「不安の種」。幽霊・オカルト系のこわい作品ではあるのですが、どことなく恨みやつらみや情や、人間的な強い感情が関与している気配を覚え、だからこそ余計に理屈で割り切れないこわさを感じます。「実はこの場所で自殺した人間がおり……」とか「いわくつきの建物と知られていて……」といった「それは怖いね~!」と腑に落ちてしまう理由がないからこそ、全編通してなんなの?まじなんなのこれ?とひたすらおびえるしかなくなってしまいます。
ということで大好きな作品なので、怖いけどなんだか心に残ってしまう逸話を「不安の種+」よりピックアップしてみました。
#11 降りられない男
舞台はとある住宅。よくある日本家屋という趣のお宅で「実家に似てる……」と思う人もいるかもしれません。
主人公は、夜中トイレに行きたくて起きた男性。男性は二階の自室で寝ていたのですが、トイレへ行くためには一階に降りなければいけません。しかし男性は階下へ降りていくことができずに、二階で照明スイッチに手をそえたまま立ち往生をしています。早くトイレに行きたい、けど階段を降りられない。
それは、暗闇に「なにか分からないもの」がぼんやり浮かび上がっているから。
しかも「なにか分からないもの」は、電気を消した状態だとなんとなくそこにいるのがわかるのに、電気をつけると姿が見えなくなる、でもまた消すといる……という状態。暗闇の中では詳細を確認することができず、正体が何なのか、何をしているのか、一切わかりません。
こっちに来ることはない、しかし降りていくことははばかられる、でもトイレ行きたい、寝なきゃいけないなど精神的な焦りが「わからない」というある種もっとも不安定な怖さを裏づけする話。結局最後までなんだったのか、そして男性が結局どうしたのか明かされることはないのですが、だからこそ勘弁してくれよと思うくらいにこわいです。
#27 ポスター
こちらは幽霊的な怖さのお話とはちょっと違った、しかし確実に「わからない」ことがやめてくれよ超怖いよ!につながるお話。
主人公の男性は、駅でとあるポスターに目を留めます。そのポスターは、笑顔の女性だけが写っているほか、なにもかかれていないシンプルなデザイン。なんの団体が、どんなモデルさんが、どういう目的で作ったポスターなのかまったく伝わってきません。主人公も、なんの情報も得られないポスターに思わず不審な表情をしてしまうほど。
そのとき、ポスターのすみにQRコードが印刷されていることに気がつきます。「このQRコードを読み取れば、なにか重要な情報を得られるのでは?」と考えた主人公は、さっそく携帯をかざしてQRコードを読み取ります。
すると、読み取るやいなやみるみるうちに携帯の画面に異変が。あっというまにデータが消去され、メールフォルダや画像フォルダはまっさらに。データを消去されたのか、はたまた抜き出されたのかはわかりませんが、初期化してしまった携帯をにぎりしめ「やられた!」と叫ぶ主人公。
最後にはまたポスターの女性が映されて終わります。ポスターのデザイン自体は変わっていないのですが、この出来事の後というだけで笑顔の女性だけのシンプルなデザインがものすごく怖く感じられます。笑顔とは、感じがいいだけのものではないのですね……。
#62 夏の思い出
ホラーの定番設定と言ってもいいくらいあらゆるホラー作品に登場し、かつ問答無用でこええよ!と感じてしまうのが「田舎」と「訳のわからない習慣」のとりあわせではないでしょうか。ついでにそれが「幼少期の記憶」で、子どもだから何だったのかよくわからなかった、大人になってからもあのときのことに整理がつかないなどの無力感ととなりあわせていると、それはもうトラウマといって差し支えないくらいの威力を発揮します。
そんな「夏の思い出」は、とある女の子が祖父母宅のある田舎へ遊びに行ったときのお話。
祖父母宅で寝泊りをしている少女は、日中は近くに住むいとこの姉弟たちと遊び、いかにも「子どもたちの夏休み」らしい生活を送っています。
そんなある日、夜にいとこの家に行った帰り道に、地面に線のようななにかがまっすぐ引かれていることに気がつきます。近づいてよく見てみると、それは米。米は、祖父母の家までまっすぐに伸びています。
しばらくすると、背後で物音が。ふりかえると、餓鬼のような何者かわからない影が、地面にしゃがみこんで米を食べながら、米が描く線をたどるように少しずつ少しずつ進んでいました。
徐々に近づいてくる気味の悪い影に、少女は米を足で払って蹴散らし、祖父母宅まで走って逃げました。
その日の夜、眠っていた少女は家にたくさんの大人が集まり、なにかもめている声をうっすらと聞きます。「なぜ」、「呼んだのに」、「○○様が……」など、不測のトラブルにあわてているようすの大人たち。
次の日起きて米があった場所を見にいくと、いとこの姉弟とはちあわせます。弟は顔中に包帯をまきつけ、茫然自失状態。目元はおそらく出血したであろう跡が。そしていとこの姉は、少女を見るといつもの笑顔ではなく軽蔑の目を向け「お前のせいで」「お前はもう知らない人だ」と言い放ちます。
このタイトルの怖さは、幼少期に経験したことのある「なにかとんでもないことが起きたらしい、自分は当事者らしい、でも大人は詳細を隠すし、自分としても何がなんだかわからないまま」というあの行き場のなさをそのまま描いていること。祟りなのか、慣例なのか、餓鬼の正体は何なのか、一切わからないまま終わってしまうのも「処理のし切れないあの頃の思い出」という感じでおそろしいです。
#82 チェイサー
車の幽霊、というか幽霊的なものが乗車している車というか、なんとも言えない得たいのしれなさゆえに怖さが助長されている「チェイサー」の主人公となるのは、二人の男子高校生。車好きなふたりが、空き地にめずらしいポルシェが停まっているのを見てテンションがあがるところからはじまります。ポルシェは乗り捨てられたものなのか、あたりには雑草が生えていて車体は植木鉢に囲まれ、車体そのものもサビに覆われています。もったいねえよな~なんて言いながら、その場をあとにするふたり。
翌日、かたわれが街中を走る例のポルシェを発見します。「乗り手がいたんだ、まだ現役の車だったんだ」とおどろき、その旨を教室でもうひとりの友人に報告。友人はいまいち信じませんが、ちょうどそのとき窓の外をみると、校門の前にその車が停車しています。しかし「ほら!」ともう一人に声をかけているあいだに忽然と消えてしまいます。帰り道、空き地を確認しにいくと車は昨日とまったく同じように停車したままになっていて、動いた気配もありませんでした。
そして夜、自宅にいると家の前にあのポルシェが停まっていることに気づきます。さすがに不審に思い見ていると、おもむろに助手席のドアを開けるポルシェ。しかし中には誰もいません。静かに招くような動きに驚きながらも乗らずにいると、ポルシェはドアを閉めてそのまま走り去ってしまいます。
翌日、改めて空き地を確認しに行くと、ポルシェの姿がなくなっていました。空き地はやはり雑草で埋め尽くされていて、植木鉢は置かれたまま、車が出入りした痕跡は一切残っていませんでした。
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